Friday, October 30, 2009

〔責任論〕第九章 説明の条件、理解度ということ②

 少々直観的な推論的な表現を許して貰えれば、私は人類の起源に、他の霊長類とも異なる側面として極初期状態から理性の存在を認めている。だがその実体に関して多少今まであやふやな面があったことも認めよう。そこで私が言う理性というもの、そしてその理性を根幹から支える良心とか思い遣りとかも思念をもっと具体的な形で示してみようと思う。
 理性とはその名の通り理であるから当然責任という観念を常に介在させる。しかし理性というものはそれ自体では先述で多少示したが、説明不可能事項である。理性を論理的に統合したカントは、実は理性自体を説明することの不可能性によって理性を幾つかにカテゴライズし、再びそれらを統合しようと図った。しかし根本的にそれら理性の本質を却って見え難くした面も否めない。そこで私はもっと分かりやすい形で理性と、それを支える良心というものを考え直してみようと思う。
 前作「死者と瞑想」で私は他者の死を体験することで人間は、自分とその他者とで過ごした時間の質、言ってみればその他者しか知らない自分との別れを告げ、自分に関して他の他者は決して知ることのない自分を知る者の死が、自分のいつか到来する死までに残された時間が急速に短縮されるような感慨そのものが、他の喪参列者たちが死者に最も身近だった者の存在を社会的地位といった事柄で参列者の優先性を決することをせずに、死者にとって一番身近だった者の喪に関する優先性を付与することが人類の他の霊長類には見られないウェットな表現を許して貰えば「思い遣り」ではないかと私は思い、それを私が仮説した人類の良心の起源であるとした。私は言語獲得の起源をそこに見た。(仮説だ。)
 そして実はそういった他者からの思い遣りに対して感謝の念を捧げるという心的様相こそが、たとえ自分で努力した末の好結果であっても尚、天に、あるいは神に感謝を捧げるという意識を生じさせ、そのことで説明可能性と説明不可能性の双方を相補的に理解することを促したのだ、と捉えたいのである。
 そもそも言語的説明という論理性の起源は、私は言語的説明不可能性に対する自覚と認識こそが生んだものであると考えているのである。
 本来自然科学とは視覚的に確認し得ることを機軸に展開されてきた。そしてそれは例えば実験的な数値という統計的な真理による立証である。それは多大な文明を我々に齎した。しかし同時に我々は例えば今日の脳科学でさえ確かめようのない微細な心的様相を明快に心の内から内的理解をすることが可能だ。寧ろfMRIによる測定法注1、イメージングというものは、そういった微細な心の動き、意識の変容を後から追いかけ、必死に辿りつく、だからこそ百年以上前のウィリアム・ジェームスの考えがやっと立証されたりすることもある。しかしだからこそ現代科学そのものを無視したり否定したりすることは愚かだが、同時に自然科学では追いつけない内的理解の側からの考えもまた無視すべきではない。
 先述した空間に意識があるかも知れないという発案は既にあのクリプキの批判者(ウィトゲンシュタイン解釈を巡る)としてつとに有名なコリン・マッギンによっても「<意識>の神秘は解明できるか」においてなされていた。
 つまり心の底からそう思えるということの方が実験的データによって示されることよりも正しいこともあると私は思うのである。これは科学の否定では決してない。これからは特に自然科学と哲学や心理学は益々協力体制を築き上げてゆくことだろうと私は思っている。だからこそ自然科学分野の人々もまた哲学や芸術分野の人々の意見に耳を傾けて欲しいとそう思うだけのことである。
 話を戻そう。言語的説明不可能性というものは喪の際の憔悴感とか、偉大な自然を前にした時の崇高の念(カントが「判断力批判」で示したところのもののような)、親しい親族、同僚の全てを含めた他者の死を体験した時の感情、それら一切が逆に同一の心理を味わう者同士の運命共同体意識を派生させたとしたら、我々はそこにこそ言語獲得の内的なモティヴェーションを見出し得るのではないだろうか?言語行為は音声起源的には恐らく意味論的な目的性はなかったであろう。しかしある時、感情の襞を進化させてきて内的理解を得るようになっていた人類は、この説明不可能な強烈で明快な感情を何とか表現したかった。しかし太陽とか川とか海とか山とかは語彙設定しやすい。しかし太陽の恵みによる感謝の念とか、親しい他者から受ける恩恵に対する感謝の念とか、あるいは死に行く者への惜別の念とかは一見表現しやすいように思えてその実説明不可能なことである。そしてそのもどかしさは恐らく例外なく全ての人類成員が持ち合わせていたであろう。だからこそその説明不可能性に対して説明し得る範囲のもののなら何でも語彙設定してみようという意欲が生じたと考えることにはどこか説得力がありはしないだろうか?
 自然科学の方法論においてはまず知性の獲得が挙げられ、その長い進化過程においてかなり後になってやっと理性が生じたと考えることの方が多かったと思う。しかし翻って考えてみると、寧ろ知性というレヴェルでの測定可能な領域は例えば大脳の血流の状態を確認出来るとか比較的現代に近づいてくるに従って得られた方法であり、それは素朴な自然科学に対する信頼感が支えている。そしてその測定的事実そのものは信頼に足るものであろう。しかし測定可能なことと同時に測定不可能な事柄も常に横たわっていると認識しておいた方がいい面もあると思われる。ある考えが脳内でなされる時、それ以前に、あるいはその時にそのこと以外には何を考えているかという命題内容如何によって血流状態、つまりニューロンの活性化の状態は幾らでも変わり得る。しかし現代の科学を持ってしても尚、そこまでは測定不可能であろう。また人権的な問題もあってある一定以上の測定には倫理的な問題もある。それくらいに脳という作用自体は微妙で複雑であると言えるのだ。そしてもし私が考えるようにある程度高度な知性というものこそ言語活動の進化過程でなされてきたと考え、逆に一見近代的な産物であると思われがちな理性こそ、実はソクラテス以前的にもかなり長い時代に渡って人間を支配してきたと考えると途端にあるもやもやした霧が晴れて、見通しがすっきりして言語獲得の謎に迫りやすくなると言えはしまいか?
 私は本論を責任論と位置付けてきたが、実はそれはある意味では良心論でもあったのだ。しかし私たちの生活を見ていても分かることなのだが、例えばどんなに悲惨なニュースを見てその被害者並びに家族の人たちに対して「気の毒に。」と思っても、次の瞬間には同じテレビニュースを見る我が家族の姿を見てほっとして「うちの家族のことではなくてよかった。」と思うものではないだろうか?つまり本当にその悲惨なニュースで告げられているような何らかのアクシデントに見舞われていない通常の人にとって良心というものはあくまで自分と自分の周囲の家族、親しい友人の間にのみ適用される、偽善的とまで行かなくても、多少の身内的エゴイズム(地域的エゴも含む。)に近い心理ではないだろうか?
 しかし責任となると途端にその様相を変える。例えば職務に忠実な公務員とか、政治家とかはどこか冷たく感じられる要素というものを持っている。しかし誰か特定の人々、それは利権団体とか地方自治体とかに対してえこ贔屓をしないと決め込めば、政治家も、あるいは特定の市民に対してえこ贔屓したりしないと決め込めば必然的に公務員も彼らにとって公務というものにはそういう冷たさというものが付いて廻るものではないだろうか?私たちは例えば腕のいい医師が同時に人間的にも暖かみのある態度で接してくれるのなら最高だと思うが、職務と自分の技術に対する自惚れのないように心掛ける人というものはあらゆる名人的な職人につき物の多少無愛想で表面的には冷たさを感じさせることも多いものである。そして多少無愛想でも腕のいい医師に執刀して貰うことを、愛想がよく人好きにするタイプなのに腕はいい加減な医師に執刀して貰うよりも歓迎するのではないだろうか?つまり本来責任というものとはどこか冷たいと思われるような冷厳さが積極的に求められてもいるのである。
 だからこそ私は良心が人間のある種の暖かさを育んできたが、同時に自分にとって親しくはない者にも自分にとって親しい者へ注ぐ、ある意味では私情を払拭した平等主義的倫理こそがもう一つの面では人間を高度な文明社会を築いて来させたとも言えると思うのだ。
 つまり良心と責任の重複部分(それはよく言われるヒューマニズムの起源であると思われるが)と、拮抗部分との絶妙なバランスこそが我々を片や温かみある、しかし一方ただ単に情に流されはしない秩序と均衡のある社会を築き上げてきたと言えるのではないだろうか?
 少しウェットな言い方をすれば、人類は仮に危機的状況にあっても尚生に対して感謝する心を持っていたがために今日まで絶滅することなく生存してきた、とも言える気がする。
 例えばウィリアム・カルヴィンは次のように言っている。
「(前略)チンパンジーは変化に富んだ食物を口にする。果実やシロアリ、葉だけでなく、たまたま捕えることができた小型のサルや子豚まで食べる。したがって、チンパンジーは脳の配線を切り替える必要があり、精神的に融通性が高いということになる。だが、何がこうした融通性をもたらしたのだろう。ヒトは生まれつき多くの行動プログラムをもっている。あるいは、学習して身につけたり、すでに存在するものを結合しなおして新しい行動を急に出現させたりできる。タコ、カラス、クマ、チンパンジーなど雑食動物は多くの「手段」をもっているが、それは彼らの祖先がさまざまな食料を前にして行動を切り替えなければならなかったからにすぎない。雑食動物はさらに、彼らが求めるイメージや音についての感覚的な鋳型も、よりたくさん必要とする。」(「知性はいかにして生まれたか」93~94ページより)
 我々の祖先の脳が巨大化したことを、ある何らかの食料危機的状況の打開によって開示させられた、ともし捉えるのなら、我々はこう考えることも可能である。あるグループ(同一種としても、そうではなく近接種としても)が自分たちが食料とするものを既に独占しており、その食料以外にも食べられるものを物色し始めたとすると、その差し迫った状況がある必死な認識を必要として、別種の食べられるものを発見出来なかった個体は死んでゆく。以前の古い習慣を捨て去ることに躊躇する個体である。結局自然選択として彼等は真に融通性を持つ個体だけがその厳しい環境に適応してゆく。その際に捕食者と、そうではない安全な生物種との弁別、それらの立てる音、要するに生活必需的な情報としての様々なクオリアの弁別性の獲得が我々の祖先に事物に対する複雑な認識力を構築していった。そしてその際に今まで食べ慣れていなかった食料を発見した時に、自然に対して(あるいは神に対して)感謝の念を抱くということが出来たとしたら、あるいはそれ以上の発見をしようという意欲を生んだであろう。つまり成功した時に、自然の恵みに対して、そして自分たちをここまで何とか生存させてくれた神のような恵みに対して感謝の念を捧げるという思念、あるいは感情が発生したとしたら、彼等は更なる発見に対して邁進出来たのではなかったろうか?そしてそういう成功が意外と自分にとって日頃から親しい者との協力だけではなしに、ある時には一緒に協力するまでは見ず知らずだったような他者との共同作業によって齎されることの多いことに気付いた時我々の祖先は他人に対する責任という観念をより徹底化させ、他者の存在そのものに対して感謝の念を捧げるようになる。そして何事かの達成という事実は同僚との友情、信頼を醸成する。
 他種、他個体グループによって独占された既在の食料外の食料の模索が、食物摂取を巡って食料それ自体の概念の多様性を獲得させる。そういった認識は必然的に食料命名へと繋がる素地が用意される。食料認識の多様性獲得と名詞的命名とその使用は意外と同時的な共進化であったかも知れない。それは同一グループ内での食料摂取と確保を巡る生存上不可欠な情報伝達の意味を持つ。
 しかしウィリアム・カルヴィンは同時にこうも言っている。
「進歩の代価は、しばしば、他のレベルの組織体に疎くなることだ。たいていは、自分の専門のちょっと下あるいはちょっと上のものしかわからない(化学者は生化学や量子力学なら知っているかもしれないが、神経解剖学についてはあまりわからない)。データはもっていなくても、自分の精神生活から得たものによって、壁にうつった影を幻影的に解釈するのは簡単なことだ。しかもその解釈が、考えられるもののうち最適だという場合もある。プラトンやデカルトはその時代にしてはかなりうまく解釈した。
 だがもっと、うまく説明できるようになったとき、シャドー・ボクシングで満足できるものだろうか。あるいは、言葉遊びをつづけるだろうか。言葉そのものは、言葉をつくる神経のプロセスがいくら想像できるようになり、ものごとを意識できる_すばやく働いて、瞬時に理解できるようにする知性を形成できる_ようになっていただきたい。」(同書、83~84ページ)
 勿論彼の言うようにある程度まで説明出来るようになっていた時、我々は概念を組み合わせ更に高次のレヴェルの認識を持つようになるだろう。しかし言語獲得期において人類にはそんな余裕などなかったに違いない。例えば気候の急激な変化にも対応してゆかねばならなかった。カルヴィンは更にこうも言う。
「果実を消滅させる気候の急変は、さまざまな種のサルの地域的な個体数に累をおよぼしただろう。より雑食性の強い動物は、被害を受ける一方で、他の食料で「まにあわせる」ようになり、その子孫は、競争相手がほとんど残れなかった危機のあとで存分に個体数を増加させたと思われる。」(同書、103~104ページより)
 しかしそのような急場凌ぎが比較的短期で過ぎ去り待ち時間がそれほどでもないのならば、確かにそのサルは競争相手の不在に託けて利益を貪ったことだろう。しかしそのような競争相手の不在という事情がなかなかやって来なかったり、あるいはある程度永続的であったらば、そのサルのグループは生存を賭けて必死に別の食料を永続的に摂取することを模索して、一旦それがなし得たなら、子孫に対しても永続的に多種の食料を摂取する習慣を存続させていったであろう。そうなると最早競争相手に対して遠慮する必要もないくらいに別の種として進化して行った(勿論成功者たちだけが)ということは考えられる。新しい習慣が子孫に遺伝的に継承されるくらいまで定着するまでは彼等は子供たちに説明して教え込んだ可能性がある。その時概念的な説明能力は飛躍的に進化したわけだ。
 もし最初求めていた食料にあり付けず、それが永続的な事態となり、絶滅したグループも大勢いて、その中から生存に成功したグループがいたとすれば、彼等は明らかに、最初求めていた食料だけにそれ以降は拘り続ける必要はなくなっていただろう。勿論最初求めていた食料、それを例えば果実としよう、それがもし仮にたまたま手に入れば、それを食すことはあっただろうが、その時点では最早それだけに拘る必要はない。そして果実の代わりになり得る他の多くの食料を発見していたのなら、彼等は食料の種類の類別認識、要するにカテゴリー認識を獲得していることになるから、そのカテゴリー認識は如何様にも拡張することが出来るし、同一グループ内での性質、形状の差異を弁別することが徐々に容易になるくらいに認識能力は発達してゆくだろう。思考能力の進化である。そしてそれはその差異を他者に説明することの出来る能力ともなってゆく。
 人類が農業を始める頃には、栽培という観念が定着していたのだから、当然栽培以外の観念との類別認識があったわけだ。狩猟、漁撈、栽取というようにである。農耕社会の出現に至るまでにはしかし非常に長期間の食料になり得る植物の観念が定着している必要があるから、植物、動物、時には鉱物といったものがその時々で食料として可能な対象として認識されていたことになる。勿論社会学的には農耕社会という大掛かりな集団である以前にはもっと小規模の栽培という現実はあったであろう。そもそも社会そのものが大集団になるという事態そのものはあくまで言語能力の飛躍的進化を必要とする。社会秩序とは年齢別、経験別、職業別のクラスを必要とする。そのためにはそれらの認識全体が既に把握されていなくてはならない。その辺りのミッシング・リンクこそ人類学の要求される場なのだろう。しかし社会が合理化されることが社会が大型化することであると考えるなら、それ以前に個的なレヴェルで自己と他者という観念が用意されていなくてならないだろう。そしてそれは基本としてやはり親族と他人という認識が基本にはあると思われる。その時責任という観念、あるいは良心という観念、あるいは本章で示した感謝という観念がそれら基本要素を巡って発生してくる余地が生まれる。

Tuesday, October 27, 2009

〔責任論〕第八章 良心と責任の葛藤と調和

 文学をも含めてあらゆる芸術表現とは希望である。希望の表現である。それはあらゆるシニシズムも、スケプティシズムも含めてそうである。しかし科学は時としてそのような楽観的な人間の希望を打ち砕く。例えば愛する者の家族は彼(女)の生存を願う。しかしそれに対して戦場に赴いた者の戦死を告げる広報と同様無残に病魔に蝕まれた者の近い死を医師によって宣告される。科学は説明責任を負ったものなので、希望に押し流されてはならない。しかし同時に科学に携わる者は皆家族の選択、例えば病人当人に身近に迫った死の現実を告知しないという家族の選択を尊重する。医師はこういった局面では明らかに良心に従って言動を選択している。
 だからこそ芸術は現実はこうであるが、「こうあって欲しい。」と叫ぶし、またその権利がある。しかし責任というものは希望を叫ぶことは許されない。自分には出来ないことを正直に出来ないと告白し、報告すること、あるいは自分が知らないことは正直に知らないと告白し、報告することが業務上では求められる。それを怠ると罪に問われることさえある。だから責任と良心とは多分に重複し合うが、同時に時として遊離することもある。そしてその現実を知る人間はこの二つを時と場合に応じて巧みに使い分けることが出来る。またその能力こそが人間の社会において言語活動を齎した、あるいは言語活動それ自体が必然的に社会を齎したと言えるかも知れない。
 少なくとも人間が認識レヴェルの数多くのパターンを獲得するという事実、例えば大勢の人間を別々の人であると認識することも含めて、そういう能力の獲得は、ただ単に生活上の必要性からだけではなく、勿論それも大いにあるのだが、責任と良心の重複と遊離というような複雑な相関関係を理解する能力に発しているとも考えられる。例えば前章において私は人間には言語的な説明の可能な事項と、そうではなく説明不可の事項があると言った。そして恐らく初期言語獲得期の人類は既にそのような弁別能力が認識レヴェルであったと思われるのだ。つまり言語説明可能事項と不可能事項の弁別、そしてその双方に対する認識能力が人間を他の動物以上の文明化を齎したと考えられる。そしてここが重要なのであるが、言語的説明可能事項も、不可能事項も、共に内的理解という観点からすれば明快である、ということである。例えば私たちの日常から考えても論理外的に正しいことというのは理屈ではないし、美しいことというのも説明不可である。人間の魅力もまたそうである。だがそれは決して不明快ではないのだ。
 例えば愛情というものは言語による説明が不可能な事項であることは誰しも認めるところであろう。だから逆に完全犯罪をして家族を殺したりする犯罪者は知性的レヴェルでは誰よりも研ぎ澄まされているのであろうが、実際彼等の知性を育んできたものこそ彼等が放棄した理性だったのである。
 愛情が説明不可であるという事実は、愛情というものが論理と倫理双方の出発点であることを示している。論理と倫理が唯一一致する地点が愛情であると言えるだろう。と言うより愛情のない地点からは論理も倫理も生じるということはない。
 しかし同時に言語的説明不可であるということの確たる認識、つまり説明不可の根拠の明示の不可能性に対する認識は、責任倫理とそれを内的に生じさせる良心をも言語化しようという欲求なしにはあり得ない。結局言語的説明不可性とは概念、つまり感情への認識という事態が先験的に存在していなければならない。何故ならもし感情それ自体を認識することがなければそもそも意味という概念は存在し得ないと思われるからである。
 意味とは事物や対象に接する知的存在者が抱く心的な作用である。ある事物が自分にとって身近なものなのか、それともそうではないのか、あるいは我々人間にとってそうなのか、そうではないのか、あるいは自分にとって大切であるのか、そうではないのか、あるいは生物にとってそうなのか、そうではないのか、という認識レヴェルでの把握能力こそが意味を産出するからだ。
 動物にも感情はある。しかし彼等には恐らく人間ほど明確に感情それ自体を認識することは不可能であろう。もし彼等にそれが可能であるなら彼等にも彼等なりの文学や芸術というものが存在し得るであろう。そしてそれは明らかにビーヴァーのダムとかそういうレヴェルの事物‐環境的な表現型ではない。もし仮にあるとしたら、作品ではないだろうが、音楽的な喜びというものならあるかも知れない。(リズムだけの認識だろうが。)
 もし犯罪者というものを病理的な根拠から定義付けるとしたら、私は言語的説明不可事項の存在に対する認識が内的理解という面から不明確であること、明快ではない、という一事に尽きるのではないだろうか?
 
 暫く観点を変えて考えてみよう。
 もし今私が私たちが意識を有しているようにひょっとしたら空間とか時間それ自体にも意識があるのではないか、と言ったら恐らく大半の科学者は私を発狂したと捉えるだろう。勿論人間と同じような意識というものを空間や時間に付与して考えることには無理がある。しかしもしかしたら我々が意識と呼んでいるものの起源となり得るような何らかの原始的なエネルギーがあるかも知れないと仮定することはそれほど突飛な発想であるとも思えないし、またそういうことを可能性の一つとして残しておくこともまた全く無意味であるとも思えないのである。
 本来自然科学は二次元であれ、三次元であれ、それ以外のことであれ、視覚的に確認し得るデータ的な確証のないものは認められないというスタンスを取り続けてきたし、またそれだからこそ信頼に足るものであり続けてきたのだ。しかしそもそもその視覚的なデータというものさえも人間が拵えた機械や認識的方法に頼っているのだ。例えば数値を考えてみよう。数値というものそのものは自然界には記号としても自然自体の認識にもない。勿論向日葵の花の種に介在する数学的なシステムとかそういうことというのはあるだろうがそれを数字として表現することそれ自体は人間によるものである。そもそも数学自体はただ単に視覚的に確認出来るデータというものとも違う。尤も数学は自然科学ともまた違うという意見もあるが、それでは数学的な認識を使用している自然科学は全て虚妄ということになる。また20世紀以降の化学や分子生物学、生化学といった分野では視覚的に求められるデータ解析が重要になってきたことは確かだが、同時にガリレイやニュートン、マッハ、マックスウェル、アインシュタインといった物理学の偉人たちはただ単に実験的なデータだけではなく、大胆な推測と予想に基づいて仮説をしたからこそ偉大な業績を築き上げたとも言える。そもそも理論物理学は視覚的な確証といったレヴェルからは存在することすらあり得なかったであろう。
 つまりこういうことである。必ずしも自然科学的な方法による立証だけが正しいとは限らないということはあると私は思うのだ。例えばただ単に空間に意識があると言うと、どこか霊魂の存在を認可するような気配を多くの科学者は感じ取ってしまうからこそ彼等はそういう言辞を極度に警戒するのだろう。しかしプリーストリのような化学者は同時に極めて神学的な認識の優れた哲学者であったし、また理論物理学者であり、同時に生物物理学者でもあったエルヴィン・シュレーディンガーは極めて示唆的な哲学的テスクトも残している。そこにはどちらかと言うと外見的には神秘主義的傾向すら認められる思念が渦巻いている。少々長いが、彼が残した文章から引用してみることにしよう。
「アルプスの山岳地帯における、とある道端のベンチに君が座っているとしよう。君のまわりに一面に草の茂った斜面があり、あちらこちらに突き出た岩がいくつも見えている。(中略)そして君と向かいあって、深遠の幽谷からそそり立っているのは年雪をいただいた高く力強い山頂である。(中略)
 君が見とれているものはすべて_われわれの通常のものの見方によれば_君が存在する以前から、少しの変化があったものの、数千年もの間ずっと変わることなくそこにあった。しばらくのうちに_それはそう長い間ではない_君はいなくなったのちも、数千年も変わることなくそこに存在し続けることであろう。
 かくも突然に無から君を呼び覚まし、君になんの関係もないこの光景を、ほんのしばらくの間に楽しむようにさせたものは、いったいなんなのであろうか。考えてみれば、君の存在にかかわる状況はすべて、およそ君の存在ほどに古いものである。数千年もの間君たちは奮闘し、傷つき、子どもをもうけ、はぐくんできた。そして女たちは苦痛に耐えて子を産んできた。おそらく百年まえに誰かがこの場所に座り、君と同様に敬虔な、そしてもの悲しい気持ちに心を秘めて、暮れなずむ万年雪の山頂を眺めていたことだろう。君と同様に彼もまた父から生まれ、母から産まれた。彼もまた君と同じ苦痛と束の間の喜びとを感じた。はたして彼は、君とは違う誰か他の者であったのだろうか。彼は君自身、すなわち誰か他の者ではなかったのか。君のその自我とはいったいなんなのだろうか。君が、すなわち誰か他の者ではなくまさに君が、この世に生を享けるために、いったいどんな条件を課す必要があったというのか。はたしてこの「誰か他の者」とは、明瞭な科学的意味をもったものなのであろうか。いまの君の母親である彼女が、父ではない誰か他の者と夫婦生活をし、彼によって息子を得、君の父親が同様のことをもししていたとしたら、いったい君は生まれていたろうか。それとも君は、君の父親のなかで、あるいは父親のそのまた父親のなかで生きていたとしたということになるのか.....すでに数千年もの昔から。たとえそうであったとしても、なぜ君は君の兄ではなく、君の兄は君ではなく、君は遠縁のいとこのうちの一人ではないのか。もしアルプスの風景が客観的に同じものだとしたら、いったいなにが君にこの違い_君と誰かの違い_をかたくなに見いだそうとさせているのであろうか。
 このように観察し、また考察した結果、君は、かのヴェーダーンタ哲学の根本的確信には十分な妥当性があるということを、即座に理解することになろう。つまり、君が君自身のものと言っている認識や感覚や意志からなるこの統一体〔=君自身〕が、さして遠い過去ではない特定のある瞬間に、無から降って湧いたなどということはありえないのである。この認識や感覚や意志は本質的に永遠かつ不変であり、すべての人間に、否感覚をもつすべての存在〔=生命体〕において、数量的にはたった一つのものなのである。しかしそれは、君が永遠にして無限の存在〔=最高神若しくは創造神〕の一部分であるとか、スピノーザの汎神論が説いているような、この存在のある局面、あるいはその様態的変容であるとかという、そのような意味あいにおいてではない。というのは、そこでまた同様の不可解な問題が残されるからである。すなわち、君はその存在のいったいどの部分であり、またどんな局面であるのか。さらにまた、これを他の部分や局面と客観的に区別するものはいったいなんなのであるのか、といった問題である。私の言わんとすることは、このような汎神論などではなく、通常の理性では信じがたいことかもしれないが、君_そして意識をもつ他のすべての存在_は、万有のなかの万有だということなのである。君が日々営んでいる君のその生命は、世界の現象のたんなる一部分ではなく、ある確かな意味あいをもって、現象全体をなすものだと言うこともできる。ただこの全体だけは[古代インドの]婆羅門たちはこれを、タト・トワム・アスィ(Tat twam asi=其は汝なり)という、神聖にして神秘的であり、しかも単純かつ明解な、かの金言として表現した。_それはまた、「われは東方にあり、西方にあり、地上にあり、天上にあり、われは金世界なり」という言葉としても表現された。
 かくして君は、大地とともにあり、大地は君とともにあるという確かな信念をもち、その身を大地に投げ出し、母なる大地に五体当地する。君は大地のように、否それにもまして幾千倍も金剛不壊である。確かにあした大地が君を呑み込むとしても、あらたな奮闘と苦悩に向けて大地は再び君を産み出すことであろう。それはいつの日かということなのではなく、いま、今日、日々に大地は君を産み出すのである。それも一度のみならず幾千回となく、まさに日々君を呑み込むように、大地は君を産み出す。なぜなら、永遠にそして常にただこのいまだけがあるのであり、すべては同じいまなのであって、現在とは終わりのない唯一のいまなのであるから。
 この永遠のいまという(人々が、自らの行いのなかでめったに自覚することのない)真理の感得こそが、倫理的に価値あるすべての行為を基礎づけるものなのである。それは気高い人に、彼自らが善きものと認め、あるいは信じている目標のために、ただ命をかけさせるのみならず、_これはきわめてまれな場合だが_たとえ彼自身の救われる見込みがまったくなくとも、自若としてその命を捨てさせることさえある。そしてこの真理が_おそらくこれはさらにまれな場合だろうが_善行者の手をとり導いてゆくこともある。すなわち彼は、見知らぬ人の苦しみを救済するために、来世における報酬を期待することもなく、自分の苦しみをもってしか分け与えられないものを、その人に捧げるのである。(「わが世界観」ちくま学芸文庫97~101ページより)
 このシュレーディンガーの最後の一節は私が提示したあのC集団首領の、部下の言うB集団首領のことを信じきっていいのかという進言に対する「いや騙されてもいいのだ。信じないで後悔するよりは信じて後悔する方がよい。」という良心の発動と、「自分で決心して失敗する方が人から薦められて決心を曲げて失敗するよりもましだ。」という価値判断にも相通じる。自己犠牲は合理的判断からすれば、不合理で説明は尽かないことなのにもかかわらず、それをしなかった時には後悔するという咄嗟の判断で行う行為である。それは生を存在させるためだけではなく、時には生をも省みないという行為が、生を意味あるものにするという決心の所在を示している。しかし我々もまた岸壁の岩や、海岸の砂浜のような存在なのかも知れないという思念はこのシュレーディンガーの言述によって容易に誰しもが一度はそういう思念に囚われたことがあるという事実を想起させる。
 その想起事実は逆に砂浜の一部や、岩石中の粒子の一部にもまたある種私のこの思念を生じさせる身体を育む起源的なエネルギーを産み出す素地が鍛え上げられているのだ、という先述の私の仮定を正当化する。
 我々は数値的事実をあらゆる自然から読み取ってきた。にもかかわらず私たちはその数値を与えてくれた自然そのものの崇高さをややもすると忘れ、逆にそれを発見した者の知性に感服する。しかしこれは考えてみれば極めて卑小な現実に甘んじる人間の傾向性のなせる技でしかないのかも知れないのだ。自然は私たちをも含み、その自然のシステムの一部であり、自然全体のメカニズム自体を内包した我々の身体それ自体が、驚異であり、その数値的な発見を私たちの誰かに付与させた自然こそ偉大なのである。その時後述することになる自然に対する我々の態度がどうあるべきか、という私たちの基本的な哲学に自然が実は常に一撃を与えてきてくれているのだ、ということを私たちは知るのである。
 我々には良心がある。しかしそれは私たちが言語を獲得し、それを通して考えたからそれがあるのではない。言語を通して我々の中にア・プリオリにあった能力が言語を通して我々によって確認されているだけのことなのだ。そして数値的事実によって知らされた我々自身をも含む自然のシステムの法則は、私たちによって発見させられるように自然によって予め仕組まれた技である。それはどのような優れた名匠、名工によってもなし得ない技ならぬ技である。
 しかしもしC集団の首領が自分の判断でB集団の首領に裏切られたとしたら、彼は即座に退官し、あるいは命を集団全体の犠牲のために供せねばならないかも知れない。実は極めて人生はこのような良心内での葛藤が我々の決心を鈍らせ、我々の決心を後押しするのだ。責任をとることとは良心を貫くことでそれが功を奏してなされることもあるし、今の例のように良心が仇となり「部下の言う通りにしておけばよかった。」と言うような先見の明のなさによって失敗の責任を取らなくてはならないこともある。しかしいずれにせよ自己判断で成功しても失敗しても、他者の誘導によって成功したことよりは後悔はないのではないか、と私は思う。もし仮に他者の誘導によって成功したとしても終生その他者に対する負い目は残るだろう。しかし自己判断で失敗したのなら、少なくとも負い目だけは残らない。シュレーディンガーが言う最終節の自己犠牲の例は明らかに、負い目のない未来という不確実に対する拮抗という行為選択が主張されている。実際あらゆる事物でさえ、事物としての充足には何らかの負い目のない未来不確実性に対する拮抗という目的をそれなりに達していると考えることさえ出来るのではないだろうか?

Sunday, October 25, 2009

〔責任論〕第七章 内的理解と認識の齟齬、説明され得ることとそうではないこと

 かつて画家の宇佐美圭司は「絵画はどこでとめるか<つまりどこで絵を仕上げるか>が一番重要である。」というようなことをエッセイで書いていた。それは画家が完成という観念をどのように自分で理解しているかということがその画家の画業全体を支配するイデアとなるということを意味している。しかしそう言いながらも多くの画家はどのような状態を完成と呼ぶという風には他者に言葉で説明することは出来ないであろう。またそのように言語化し得るのなら彼は画家ではなく、評論家か論理学者になっていただろう。つまり言語化され得ることが躊躇なく履行される範囲というものはそもそも限られていて、またそのことの自覚のみが言語活動を生き生きさせるのだ、とも我々には言い得るのだ。
 さて完成は絵画全体に対しても言えることだが、やはり画家の横尾忠則は「今日一日は完成したなんて思ったら明日を迎える意味なんてない。そもそも人生は死ぬまで完成しないからこそ明日また一生懸命生きようと思えるのだ。」というようなことをインタビューで言っていたが、それもまた生き方のレヴェルでは順当な意見であると言えるだろう。完成というものの定義をし直すことが真理や論理に対する問いの歴史であったとも言える。
 しかし何故かは即座に答えられないが、その場その時には必ずその場その時なりに正しい判断と言うものがあったのではないか、という考えが私にはあるのだ。このことは哲学者エイヤーの「言語・真理・論理」でも適切述べられている。つまり後から別の考えが正しいと判明しても尚、その時の決断の正当性はいささかも揺らぐことはないということだ。
 さて何度も登場願った大屋雄裕は「法解釈の言語哲学」で次のように語っている。
「フィッシュの解釈共同体理論を検討する際にまず注目しなくてはならないのは、そこにおける「解釈共同体」が実際には何を意味しているかという点である。まず『このクラスにテクストはありますか』(中略、フィッシュの出自)の段階において、解釈共同体は以下のように明確な性質を持っている。
 解釈共同体は解釈戦略を共有する人々から成っている。(.....)テクストの特性を構成しテクストに意味を付与するための戦略は読む行為に先立って存在し、従って読まれるものの形を決定する。一般に考えられているのと違って、その逆ではない。(中略、フィッシュの出自)ここでは、解釈共同体が実体としての性格を色濃く有していると見ることができる。解釈共同体とは文学研究者の一群や特定のクラスの生徒たち、特定の雑誌の流派に属する解釈者の集団といった存在であり、その存在を外見的に想定することが可能なように語られていたのである。独我論という非難を回避するために解釈戦略が社会的に形成されるものであることを主張するフィッシュにとって、この想定は必須の条件である。「個人の仮定や意見が『彼自身』のものであることはない(.....)<彼>は仮定や意見の起源ではない(実際、仮定や意見の方が彼の起源だというのがより正確である)」(中略、フィッシュの出自)。共同体は彼の外部に存在しなくてはならないのである。」
 ここには集団同化意識を無意識の内に発動する人間の対社会戦略として、規則遵守という観念が浮上する。例えば犯罪者は自ら行っている行為が犯罪であると知っている。よって彼等は責任という観念も良心という観念も承知の上で敢えて実践的にそのことから逸脱しているのだ。つまり犯罪とは道徳、良心、善意志、責任という観念のない場では存在し得ないのだ。だから動物が仮に同一種の他個体を殺したとしても、それは攻撃による結果的な事実でしかなく、人間が人間を殺すのは傷害致死のような不可抗力の場合を除いて意識的、意図的な行為であり、それはあらゆる道徳的観念を熟知した上での策略となるのだ。ただこの際犯罪者の犯罪事実に対する認識に関してのみ言述しているのであり、精神病理学的なアプローチで言っているのではない。
 規則を承知で行っているということは言語活動も同じである。だからある種の精神錯乱者が逮捕されたり、裁判にかけられたりした際に言語的説明を求められて、きちんと説明することを拒み、その場から逃れようとしたり、暴れたりすることもまた、彼には了解されているのだ、本当はこんな行為をしては規則遵守の観念からは逸脱しているということが。そしてそれにもかかわらず敢えてそのような暴挙に出る行為選択をしているのだ。
 言語獲得という人類の事実を見据える時、我々は一個の社会成員が幼少期に言語習得する際の状況を思い浮かべてみるということは無駄ではないだろう。
 例えば責任という観念を「責任」という概念の下で了解して言辞を、陳述内容披瀝を行うのは、語彙「責任」を使用事実として認識してから後のことであろう。それは間違いない。そして語彙「責任」を習得することを通して「自己責任」とか「連帯責任」とか「説明責任」とか様々な派生的概念を理解して認識し、使用事実としてある文脈において使用し、概念を応用してゆく、ということもまた正しい。
 しかし同時に我々の幼少期を思い出してみても了解されることがある。それは「責任」という語を習得したから私たちは責任という概念を把握し、責任という観念を理解し、使用してきたのではない、ということである。
 「責任」という語を他の「道徳」とか「良心」から「背徳」とか「背信」という風に段階的に習得する際に我々はただ単に音声的秩序としてそれらを教え込まれたのではなかったのだ。つまり我々は「責任」という語を学習する以前にも、内的にはおぼろげながらも、「どういうことをしたら、周囲の人<家族、友人、学校の先生、近所の大人たち>にどういう処遇<扱い、評定>を下されるか」とか「どういうことをしたら褒められ、どういうことをしたら叱られたり、咎められたりするか」という判定基準を持っていた。だからこそ我々は学校で初めて「責任」という語が黒板に書かれ、教科書に記載されていることを大切な「覚えておかなくてならないこと<=概念>」であるとして脳内にインプットされたのである。この事実こそ本章の内的理解ということに他ならない。
 しかし「責任」という概念は他者に説明せよ、と言われればどうにか説明することが誰でも出来る事項であると言える。しかしそのように即座に答えられないこともまたこの世の中には沢山存在する。その一つが愛情とか友情とかそういうことであることは誰しも異論はないのではあるまいか?だからこそ画家が自分の描く絵をどこで仕上げたと言い切ってよいのか、あるいはどのような形態が完成に相応しいものであるかを説明せよと求められてもなかなか答えられないのではないだろうか?つまり画家を問わず小説家、詩人、音楽家といった人たちは皆どのような形で例えば小説をスタートさせて、どのような形でエンディングを迎えるように持っていくかに常に悩まされる。恐らくどのようなスタート(プロローグ)とどのようなエンディング(エピローグ)にするかということは、その作品を通してどの部分を最も強調し、メッセージとして伝達するかという意志決定の合理化と基準を一にしているように思われる。
 ここで敢えて結論的なこととして言えば良心というものは説明され得ないことに属するということである。例えば責任はそれに比べれば、良心発動、社会正義の実践というレヴェルから説明可能であり、要するに説明され得る事項に属する。つまり責任が説明可能なのは、責任を支える心的様相としての良心が愛情とか友情同様説明され得ないことをどこかで我々が無意識の内に覚知していて、それを根拠に代理的に使用している、と捉えることも可能である。そのことと関係のある事柄として再び大屋に登場願おう。
 大屋雄裕は「法解釈の言語哲学」の副題として<クリプキから根元的規約主義へ>と付け加えている。このクリプキに対する解釈こそ彼の論旨を決定するものであると言える。
 クリプキのことを解説するとそれだけでかなりな紙面を必要とするので、クリプキ哲学のことをある程度知識上粗方の読者諸氏が有しているということを前提に論を進めることにする。大屋はウィトゲンシュタインに対するクリプキの認識が一般的には誤っているという事実を提示した後にそのことを正論とする小林公の論旨に苦言を呈する形で、小林の文章を引用してから自らクリプキに対する認識の結論として次のように述べている。
「いわばウィトゲンシュタインがルール使用を内的に・理解の観点から考えているのに対して、クリプキは外的に・直接ルールに従う者ではなく使用を観察している人間の視界から描こうとしているというのである。だがこの見解は、クリプキの問題の意義が「我々が一貫してルールに正しい結果を出し、だからこそ懐疑論者に苦しめられていたことを想起せよ」、我々と異なる結果を出した他者に対してどうしたら自分たちの答えを正当化することができるかという点にあるということを見落としている。すなわち、ここで問われているのは自らと異なる意見を持つ他者に対して自分の答えの方が正しいと主張することはいかにして可能かという問題、要約すれば権力行使の正当化問題なのである。だからこそ、この問題が法哲学において問われる意味があるのだ。」(「法解釈の言語哲学」73ページより)
 ここで私たちが問わなければならないこととはクリプキ哲学がでは実際皆が通常答えるプラスの答えが正しくはないと言っているのか、ということである。そうではないだろう。彼はそれが歴然と正しいことを承知の上で敢えて「だがそれを認識論的に根拠を論って説明することなど出来はしないのだ。」ということを言いたかったのである。つまり我々は通常何でも言葉で説明出来るという幻想を持っている。しかし我々の日常において経済活動、政治的決断とか多くの事例を目撃して、自分が当事者ではないのに、どこかで「あの社長のあの時の決断は正しかった。」とか「あの時の総理の決断は正しかった。」とか肯定的な評価からそうではない否定的な評価に至るまで一々説明するまでもなく判断しているし、また大勢の人間がそういうことというのは往々にして間違いではない場合の方が多い。そしてそれは全体的な流れとか全体的な判断において、その場その時に立たされた個人の決断としてはその後如何様に流れが変わったとしても尚、その時の決断は正しかったとか間違っていたという風に言える。それは理屈ではない。我々はそれを言葉で説明しようとする。そしてそのことは正しい。しかし同時に言葉では説明しきれない数多くの具体的な事柄というものの存在を我々は知っている。そしてそれらの筆舌に尽くし難い事項の存在の前では説明とか根拠の堤示という行為の無力を我々は無意識の内に知っている。そのことを敢えてシニカルに「あなたはあなたが一番正しいと思う回答が正当であるという根拠を果たして示すことが出来ますか?」という問いを通して覚醒させたのがクリプキの「ウィトゲンシュタインのパラドックス」であると私は捉える。その意味ではクリプキはウィトゲンシュタインの考えていた内的理解という面での現実(私が提出した「責任」という語習得以前の責任に対する認識)を否定したわけではなかったのだ。彼がプラスをクワスとしたことはスワスでもツワスでもどれでもいいという可能世界に対して、我々の世界では明らかにプラスを自明のこととしている規則遵守は、では規則だからと言って規則だからそのメカニズムを説明せよ、と言われて答えられるのですか、という問いが彼から発せられているのである。(尤もウィトゲンシュタインの内的理解とは言語獲得後的なものである。)
 私はこのことをもってクリプキはウィトゲンシュタインが自身の哲学を突き詰めていった時「私的言語」という観念を提出したことに象徴される規則遵守とは無縁のように思われる内的な個、あるいは内言といった事態が、一方では説明責任によって成立している社会が、同時に全ての成員間では説明不可の様々な思念によっても満たされ、それはカントが言った道徳的法則とか自由という価値論的命法が、言葉で説明出来ないほど自明であるからこそ逆にそれを何とか言語化することには意味があるという主張になっている(それは自然科学においても同様のことが言える。自然科学で知り得ることには限界がある。しかしその限界まで知ろうとすることには人間の知の偉大さがある。)ことと同一の地平を我々は確認することが出来るのである。
 クリプキは「数学式を始めとする言語の偉大さはその説明的な無力さ故に確然的である。」(要するに言語では常に説明され得ないことが残るからこそ、言語で何とか説明しようとすることに意味があるということである。)という主張を、数式を通して示したと捉えているのだ。その意味ではクリプキはゼノンやヒュームと同様カントのチルドレンでもあったと言うことが出来る。そして本章の結論を言うと、良心というものは相手の立場に立ってそれを自分の立場に置き換えて考える配慮であるが、責任と重複する部分もあるが、責任が時として非情である場合もあることに比べれば、それが正しいか正しくないかを説明せよと求められれば、即座に返答に窮する日常的には最も経験することの多い心的な確然性である、と言えよう。
 だから我々は幼少期に「責任」という明確なイデーを把握していて、それをその内「責任」という語(概念)に置換して高次の応用を旨として理解してきた。しかし良心はその正体が明確にもかかわらず責任ほど言語化して説明することが困難である。それはどこか深く感情的なレヴェルでの判断に基づいているからである。そして良心的な判断は時として責任遂行と衝突することもある。だが相手の立場になって考え、相手を思い遣るという意志決定は論理外の判断である。責任はその範囲内で良心を使用しようとするから、社会正義の範囲で自明な判断であるだろう。しかしもし責任に対して良心が許さない場合、我々は説明不可領域において決断しているのであり、そのどちらが正しいかというような論理整合性からではない筈だ。もし行動として決することを躊躇しているのなら、それははっきりしている、制度は良心に対して拮抗しているから、決断を鈍らせているだけのことである。そしてそれを決行することが正しいと自分では信じているが、怖気づいている場合には迷いを吹っ切るために納得出来る形で自己に説明することこそが意志決定の合理化(それは良心に対する責任の側からの決行に際してもあり得ることである。)なのだから、それが出来なくて苦しんでいるだけのことである。そしてそれをせずに済ますことは後悔と自責を我々は後日抱くことになるということもまた我々はよく承知しているのである。画家は恐らく直観的に説明不可能な良心に基づいて一個の作品をどこかで完成としているのだろう。

Friday, October 23, 2009

〔責任論〕第六章 説明の条件、理解度ということ①

 他者の存在は自己を規定するような強制力を持っている。ティム・バークヘッド(行動進化学者)は、ゲオフ・パーカーとロバート・トリヴァースの性に対する考え方を継承してそれが葛藤であり、対話とか融和とか生易しいものではないということを述べている。寧ろ宥和こそその性的な関係の本質に近いというわけだ。(「乱交の生物学」新思索社刊より)
 だがそれは脅威としてばかりではない。自己の内部の知られざる一面を他者に共有させたい欲求を解消するための手段としても他者は有用なものとして自己に立ち現れる。だから他者が、配偶者とか同僚とかそれ以外の友として立ち現れる時、自己によって得られた真理を、あるいはその素晴らしさ、あるいは自己が納得し得る領域の意味を分かち合う可能性に賭けるということは自然なことである。勿論その自分が得た真理は思い違いである場合もあるだろう。しかしそれでも尚自己によって得られた発見を他者に披露することで、真理であるかどうかを査定することには意味がある。そして真理を他者に説得するには個的な経験の記憶やら個人的な思いを超えてある普遍的なレヴェルにまで自己が得た感動を昇華させる必要があり、そのような普遍的な真理として説明する能力は、他者に対して自己の発見の喜びを分かち合って貰いたいという意欲に応じて進化する可能性がある。つまり説明することは自己によって得られた発見を真理であると確信するプロセスと同時的であり、その真理性への可能性の発見が説明を説得力あるものにすることは間違いない。
 そして自分の中でだけ理解し得たある種のもやもやは、他者に説明した時、どのように解説したら他者は理解しやすいかという他者の立場を忖度するような配慮が要求されるだろう。それは他者の気持ちになって、自己の現在を他者の現在に置き換えて考えるということから始まる。前章での集団の首領同士の発案もまた、首領自身の決裁に全ての彼等につき従う成員の命運がかかっているのだが、どの首領もまた他の首領の立場に自分を置き換えて他者の心理を読み取るだろう。例えば友人との間では紳士的であっても、それ以外の他者に対して攻撃的であるなら、その成員はどこかで社会的には見放されてゆくだろう。だから全ての親類の成員は親しい者とそうではない者とを等価に見ることから、例えばゴミを捨てる場所を常にきちんと考え、ここにゴミを置きっ放しにしたら、この場所を通る、あるいはこの場所の近くの住民は迷惑するだろうという想像を働かすことで、そのような行為を慎むようにする、というようなことは要するに他者一般、他者全般を常に配慮に入れた公衆道徳であり、それこそが良心の起源であり、社会全体における自己の責任の意志ということになる。そしてそれは仮に親しい者同士であっても尚、その者の発する言辞が陳述内容の真理性(命題的な、つまり内容的な説得力)よりも、友愛的な接触を示すことの方に重点が置かれているにせよ、やはり発話内容の持つ真理性という説得力は説明の条件としては不可欠である。それがなければ「あの人はいい人なんだけれど、言うことは非論理的で説得力がないね。」という定評となるのだ。それは説明責任ということの第一義として考えることが可能である。
 要するに個人の思わぬ発見というセレンディピティーは個的で個人的であるが、その喜び、その発見の意義を他者に説明するのには、普遍的な真理へと命題内容を志向させることが要求される。その配慮こそが説明責任であると言えるだろう。自己にとって理解しやすいことを他者にも同様に理解しやすいように配慮することは、即ち理解しやすさという基準を自己のレヴェルから他者一般のレヴェルへと敷衍する必要があるのだ。だからもし仮に同僚であれ、配偶者であれ、地域住民同士であれ、その関係というものが激しい主客の応報であるような、つまり葛藤であり、融和というような生易しいものでないなら、寧ろ尚更説明の理解度の調節という行為は意味を生じると言っても過言ではない。だから理解とか理解させるように持っていく説明責任というものの発祥は寧ろ敵対する間柄でこそ進化したと考えることは理に適っている。寧ろ理解し合える間柄ではことほどさようには理解度の調節ということは必要ないとも言えるからだ。
 法哲学者の大屋雄裕は「ドゥウォーキンは芸術的意図について、それは複雑で構造化されているものであり、そして我々の解釈はその抽象的な目的を捉えるものでなくてはならないとしている。「シャイロックという人物についてシェイクスピア自身が抱いていた、より具体的な特定の見解だけに忠実に従い、人物の性格についてシェイクスピアが有していた観方が現代の聴衆に対して与える効果を無視することは、作者のより抽象的な芸術目的に対する裏切り行為とも言えるのである。」(中略、ドゥウォーキンのテクストの出自)。だがではここでいう「作者のより抽象的な芸術的目的」とは何なのか。単にそれは、対象を良いものにしようというほとんど無内容の概念ではないのか。だとすれば、それは「何が善であるか」という解釈主体の善の構想によって補充されざるを得ない。」(「法解釈の言語哲学」53ページより)」と述べているが、その主張はある意味ではある対象を陳述内容として選択した時点で、その対象に対する賛美であれ、批判であれ、それを選択した者がその対象に対してある関心を抱いていることの表明なのだから、その対象に対して一切触れもせず、何の関心も抱かないで、その無関心はだから当然のことながら話題にも上ることなどないであろうが、そういう事態に比べれば明らかに話題にすること自体その対象を話題構成上の必要不可欠要素として是認しているのだから、我々はその対象をよりよく利用しようとしているということになる。そしてシェイクスピアの言辞の引用は、誠に正鵠を得ている。シェイクスピアがハムレットやオフィーリア、ホーレイシオを登場させた時、彼の脳裏には誰か具体的なモデルがいたかも知れない。しかし彼内部でのその真実を突き止めたからと言って、彼等登場人物のドラマ上での抽象的役割とか象徴的な意味合いそのものはいささかの変更を齎されるものではないし、また作者であるシェイクスピア自身も決してそれを望みもしないであろう。つまり私たちは彼の戯曲で示された如何なる登場人物も私たち各個人なりの解釈を許容しこそすれ、限定するものではない。本来テクストとはそのようなものとして我々に公共的な意味合いで差し出されているものであり、またそういうものであるべきなのである。またそのことに非自覚的であるなら、それはテクスト創造者であるとは言えないだろう。しかも彼は作者の創造意図を良心が支えると主張する。
 するとテクストの意味そのものも解釈の数だけ存在する(そのことは大屋雄裕も先述の同書内にて述べている。)ということになるし、またそれでよいのだ。これは話者が聴者にある自己の発見したことの喜びと、その発見に内在する真理を説明することで、理解度を調節し、他者に自己内の私的な事柄を真理として共有させたいと願うこととも相通じることなのだ。よって一つここで定義しておいてもいいだろう。それは理解するとは個人毎に仕方は異なるが、理解され得る対象としての発見事実というものは説明されることによって普遍化された事例となるから、その時点で発見者独自の所有という観念から開放され広く公共的な意味合いを付与される。だからその発見者の発見に纏わるどのような事情や、その発見に纏わる発見者のどのような感慨とも無縁に発見事実の持つ普遍性は独立して存在し得る、ということである。故に説明された事項というものは、説明へと至る説明者の個的事情とは無縁に価値論的にそのものとして存在し得るし、認識し得るのだ。このことを脳科学者の茂木健一郎は「「脳」整理法」その他の著作で、自然科学のディタッチメントとして大きく取り上げているが、実は説明というようなニュアンスともまた異なる芸術にも同様の、描写的、表現的説明という普遍的なメカニズムが内在しているのであり、それは自然科学の陳述内容と同様に認識することが許されている、ということである。それは法体系とか言語にも適用し得る真理なのかも知れない。
 大屋は法学者のフィッシュを大きく取り上げ、テクストそれ自体に意味が固定化された価値として存在しているのではなく、意味とは寧ろ我々がテクストの存在自体に付与しているのだという考えを主張するため次のように言っている。
「フィッシュによれば意味はテクストそれ自体の性質や属性といった「所有物」(property)ではなく、むしろそのテクストが位置する文脈のものとして理解されなくてはならない。テクストそれ自体が意味を持つわけではないので、「複数の意味を持つテクスト」というものも想定され得ない。その一方、意味を供給するのがあくまで解釈戦略であることから、例えば「憲法の意味が尽きることはない、何故ならそれは意味の貯蔵庫ではないからである。むしろ意味は常に(.....)政治的。制度的な力によってそれに付与されているのだ」(後略、フィッシュの出自)。法の欠缺は、ドゥウォーキン同様フィッシュにおいても認められないだろう。」
 最後に大屋が述べる一節は法哲学者としての彼の立場上重要であろう。しかしだからこそ法は常にその不備を指摘しつつ、改変されてゆくことが望ましいということが言えるだろう。しかしそれ以上にここに重要なのは、テクストの存在理由を文脈的な解釈のためであるとしていることと、テクストそれ自体が解釈の数だけの意味を持っているのではなく、テクストを読む者の解釈の数だけテクストに対する意味が存在し、それを私たちが認め合っているということにこそ真理があるのであり、それはテクスト真理の相対論ではないということである。寧ろ意味付与と意味そのものの文脈的位置づけの相対論であると言った方がよいのだ。
 ここでテクスト創造者(それが個人であれ集団であれ)とその受け手との関係を整理しておこう。テクスト創造者にとってテクストを世に問うことは彼による何らかの発見的事実の披露である。そしてそれを自己流の感動のレヴェルから他者一般、他者全般にとっての理解度に合わせて公表するのだ。その際に彼にとって「見出される意味」とはテクスト堤示行為そのものである。彼にとってはそれを世に問うことには意味がある。しかしそれを受け取る読者にとってはその提示された状況、あるいは事態といったものはあくまで「引用された意味」である。だがそれを読み自らそこに内的なレヴェルであれ真理を付与し、意味付けることによって彼は「見出された意味」を発見するだろう。
 テクスト創造者にとってはある想定された読者層という観念があるのだろう。その読者層の認識力を想定して理解度を調節している。それは大衆的な読み物であれ、専門家内部での論文であれ変わりない。しかし一旦差し出された以上誰がそのテクストを読むことも自由である。少なくとも丸秘の資料とか機密文書でない限り。
 だが法律の文章はそれを享受する側と作成する側が分離してはいない。勿論法律は市民、国民から選ばれた代表者たちの専門的見識によって作成されているのだが、そのプロセスは民主主義的な手続きを踏襲している。だから送り手と受け手が一致していることこそそこに明文化された法執行の観点からも、法厳守の観点からも理想であることは言うまでもないだろう。勿論常にそういった理想とのギャップこそが政治を我々が要求する根拠ともなっているのだが。(定義しておこう。テクスト創造者にとってはテクスト自体が責任なのだ。)

Wednesday, October 21, 2009

〔責任論〕第五章 良心を介在させるシステム

 哲学的に言えば良心とは倫理の問題にかかわる。そして自然科学的には今までそういう哲学的命題性とは人間社会がある一定の水準に達した時初めて立ち現れたと考えられてきた。しかしそもそもそのような常識、あるいは理性以前にまず知性ありきという観念そのものに誤謬がなかったか、もう一度考えてみてもよい、と私には思われる。例えば知性とはそれ自体で進化してきたかのような考えが支配的であるが、理性こそが知性の発達を促したと考えた方がずっと私はすっきりする気がするのだ。そして原始理性とは意外と、我々がロゴスとかそれ以外の名前が考えるところの理性よりももっと素朴なものなのではなかったろうか?
 エマニュエル・レヴィナスが表象と労働を区分けし、その二つが分裂していくさまを人間の実存として捉えた時、彼は表象に神、イデア、理想を、そして労働に人間の人間としてあることと、そういう我々を内包する実存、実在として捉えていたと考えてもよいと思われる。この二つの分離は当初から人間は実在するものとその背後のものという形で、あるいは実在可能性、願望、祈念、想像というあらゆる幻想性に依拠したレヴェルで実在物に接してきたことを意味する。レヴィナスの持っている観念は確かに自然科学的に証明されていたものではないのだろうが、私には極めてシンプルで自然な思考のように思われる。例えばレヴィナスと同じ名前のカント哲学において、幸福欲というものはどこか性悪的なものであり、生活と幸福の享受と真の満足とは別個のものであるという観念が、少なくとも「道徳形而上学原論」においては示されている。それはレヴィナスが分離することの必然性として捉えた二つの事項の距離感とも関係がある。幸福の追求は実在可能性の範疇でなされれば、願望の域に留まるが、一旦その枷から外れるとどこまでも特殊意志的な暴走に歯止めが利かなくなり、その想像においてはあらゆる背徳も含まれるし、理性レヴェルでのカントが言うような意味での満足には必ず責任倫理が伴うべきであるし、そのように初期人類が考えたとしても何ら不自然ではない。
 人間は一方では表象の実現によってあらゆる文明を築いてきたが、他方その行き過ぎによって多数の死傷者を出しても来たし、それが人間の歴史である。表象は理想にもなれば、妄想にもなるものである。そのことに対する自覚そのものが初期人類にもあったればこそ、責任を軸とした良心の命題を言語化し、社会実践化し、生活していたのではないだろうか?
 だから良心というものを支えるシステムのようなものが仮にあったとしたら、それは恐らく願望の許される範囲と、許されざる範囲の設定基準を求めるような考え、つまり理想という表象と妄想という表象の峻別的な理性であり、自己抑制することなしには、我々は自己と自己を取り巻く親しい間柄においてのみ利益となるような行為選択をすることになるが、一旦心落ち着けて考えてみれば、自己や自己の取り巻き以外の多数の他者にとって自己や自己の取り巻きの考えが弊害にはならないような範囲での、まさにその範囲こそが権利なのであるが、その権利の範囲内で願望の意味内容を考えていたであろう。その時良心というものが芽生えるが、その良心を支える当のものとはだから、他者一般、他者全般に対する責任であると言うことが出来る。つまり良心という観念とは社会の維持そのものの基準でもあったわけである。社会の維持はある一定の全成員の幸福と理想の実現であり、それは要するに福祉的整備であり、福利厚生であり、治安の維持であり、安全と平和である。それは対捕食者対策としても、同一種内での闘争回避である。
 対自然の脅威において人間は利他的に結束することがたやすかったであろう。しかし対人間的な脅威となると結束は全人類の関係にはならなかったであろうから分裂の予兆があったと思われる。だから同じ安全と平和には二種類あったと考えることもまた理に適っている。そしてこの二つの観念は常に隣接し、共存していたのかも知れない。
 そして一番重要なことというのは、この二つの秩序はどちらの方が先験的に把握されるというようなものでは決してない、ということである。このような対極的な観念の理解とは同時的でなければ矛盾する。というのも概念とはそもそも対となって心的には立ち現れるからである。例えば極単純な概念について考えてみよう。「大きい」、「小さい」といったもの、あるいは「長い」、「短い」といったものはその組み合わせとして立ち現れる筈である。それは前者の場合大きさ、後者の場合は長さである。大きさとか長さというものはメジャーであるので、その概念規定として言辞されているが、そもそもこの二つのものは一つの概念の二極であるに過ぎない。だから言語習得期における幼児にとって親しい者(それは大概両親であるが)とそうではない者という二分はあくまで両親による愛情ある幼児に対する接し方から引き起こされる一個の意味論的な把握であり、親しさという概念の起源である。親しい者は信用出来るし、信頼出来る。そのように心的には把握される。よって疎遠な者、見知らぬ者、あるいは物的には自分の持ち物とそうではない物という二分は一個の概念によって認識される。勿論心的にそういう人物や事物に対する感情が親しさとか信じられるというような概念を言語的に把握することに繋がる。
 だから言語習得の起源として考えてみても、親しい者の間での心遣いというものは同時的に他人の存在と、そのことの認可を含んでいる。それらは要するに対であるというよりは相互依存的な概念形成の原子である。哲学者ホージランドは相互依存、相互作用こそ一個の要素、例えば遺伝子とかの存在の存在理由(存在する意味)であり又、一要素とは他の要素に対する存在理由であり、説明され得るという事態は、その相互作用とか相互依存の内的なメカニズムの機能論的な理解そのものであり、形態論であり、それこそが意味であると捉えている。この説明ということに関しては後で結論においてテクストとも絡めて詳述しようと思う。
 責任に話を戻そう。責任とはだからその責任という概念の把握そのものにおいて既に親しい者、家族と他人、他人の家族といった事態の理解を含んでいるのだ。だから国家の利害とか治安という観念には同時的に他国の利害とか治安を、自分の住む地域の平和には同時的に自分の住んではいない地域の平和という観念を含んでいる。これらはどちらが先であるというような理解ではない。つまり戦争と平和はセットになっているのだ。そしてその観点から行けば、人類の結束という対自然脅威としての認識は同時的に、対自然脅威への認識の手薄な時期に発生しやすい自国的なエゴとか自分の住む地域のエゴとか、自分の知っている親しい者同士の親密さとかの観念を優先するような心的な過程を認識論的に派生させることに等しいのだ。またその逆も可である。
 再び定義し直そう。責任とは自分とか自分の周囲に対してと同時に、価値論的には全くそれと等価に他人に、見ず知らずの人々に対して注がれる平等の、権利の平等の観念によって成立している。
 そして良心とは親しい者同士、身内同士、家族内では当然のことを他人にも適用することで成立する正義感であると言える。親しい者同士、家族同士で結束し愛情を注ぐことは動物にも可能な心理である。しかし全く自分とは本来縁のない他人に対してどれだけの責任を持つことを価値論的に認識し得るかという観点こそ責任という道徳的観念の起源である。だから仕事の出来る人間は自分がたとえその職場から離れることになっても、自分が離れた後にその職場に来る者(その人間のことを知らなくても)の立場になってその人間が仕事をしやすい環境を整備してから職場を離れることを考えるであろう。つまり自分の知っている人間に注がれる愛情と配慮と等価のエネルギーを他者一般、他者全般、見知らぬ他人にも注ぐということにおいて責任の所在と、良心の起源があると私は考えるのだ。
 そして意味を把握するという事態においてさえ実はこの責任と良心が介在していると考えられる。理解することというのは他者にも自己が納得したような形で理解した経緯を説明出来る(あるいは進んでそうする)ことを意味するのなら、概念の把握という一つの理解はそれ自体で責任倫理を内包している。あるいはその理解の共有という事態において他者への良心をも含んでいる。
 しかしそういった良心を生じさせる基盤として我々には記憶というシステムが介在していることを忘れてはならない。アンセルメ(精神分析家)とマジストレッティー(神経学者)の共著「脳と無意識ニューロンと可塑性」で触れられている知覚現像と共存する思念を彼等は幻想と呼んでいるが、それを理論神経生理学者のウィリアム・カルヴィンは記憶の仕業であると断言している。そのことに関して比喩として彼は「何かがかすかに聞こえてくると、その詳細を脳に書きこみながら、われわれはいつも推測している。風にあおられたスクリーン・ドアがきしむ音だけで、もうこの世にはいない、大好きだったイヌが食べものをくれと鼻を鳴らしている声だと思ってしまう。いったんこの記憶が呼び戻されたら、あなたが聞いた本当の音を思い出すのはかなり難しくなるかもしれない_そして、記憶から詳細に補充されたものが、知覚された現実となる。これは別に異常なことではない。ウィリアム・ジェームスが一世紀前に記したように、われわれはいつもそうしているのだ。」(「知性はいつ生まれたか」草思社刊、77ページより)と述べている。
 私のようにこうやって文章を書くことを仕事としていると、時々ある本を読みながら、その本に書かれたある文章の内容や述定を把握しながら、そのことに関連した思惟をすることがある。するとその文章自体に関する記憶よりも、その文章から得た私の内部でのインスピレーションの方が記憶に残り、そういうことが書いてあったと思い違いをしてしまう。そしてその読んだ本をもう一度開き、その内容をその本に探してもどこにも見当たらない。それはそうだろう。私が記憶していたのは、その本の文章なのではなく、その本のある文章を読んだ時に私が抱いた連想とか感想とか私個人の思念でしかないのだから。
 しかしこのようなずれというものは私たちが他者と接する時に特に実感する。私たちは友人に対してある体験について告白する。私たちはある感動を他者に伝えたいという欲求を持っているから、そういうことは日常茶飯であろう。しかしそういう場合私たちは他者に自分の体験を解説するわけだから、他者にとって理解しやすいようアレンジして話す。
 何か特定の新奇なアイデアが突然何かしている時とか、仕事の合間に別の場所に出掛けて風景を眺めていたりする時に思い浮かぶことがある。そういう体験を脳科学ではセレンディピティーと言う。(茂木健一郎著「「脳」整理法」、「脳と創造性」等を参照されたし。)こういったセレンディップな体験を他者に伝える時、私という人格の私固有の思考パターンとか私固有の経験則でそのまま語ると他者には理解し辛い。そこで私は他者にとっても私にとっても変わらないようなある普遍的な真理に当て嵌めて自己固有の体験を説明しようとするだろう。その操作は他者と自己の溝を埋めようと画策する意図であるし、意思疎通の際には極自然に行われることである。しかしこの時私たちは無意識の内に他者に対する配慮をしている。日本に来ている外国人観光客に知らず知らずの内に自分の知っている英語の単語を並べて会話しようとしている時と同じ心理である。そして友人とか外国人観光客に対してそういう時になす配慮とは良心を発動しているのだ。そしてそれは意思疎通の際に心理的には責任を履行してもいるのだ。他者にとっての理解しやすさという思い遣りはそれ自体で責任倫理の産物である。
 しかしそれだけでは発生論的な意味では何か物足りないと感じられる向きもあるだろう。理解しやすさを他者に対して付与するような配慮は本来的な思い遣りではないのではないか、つまりもっと本質的なことがあり、その本質の高次の顕現こそがそういう他者への思い遣りではないのか、という意見が聞こえてきそうである。そうなのだ。それはある意味では結果として立ち現れた高次の良心でしかないのかも知れない。そこで一つ思考実験をしてみよう。
 人類初期言語獲得期における人間の集団を幾つか考えてみよう。まずAという集団はBという集団に隣接して生活している。そしてそのA、B両集団ともにある大型の捕食動物に狙われている。二つの集団は普段は特に衝突することもなければ、協力することもなかったのだが、その捕食動物に対して脅威であるという意味では共通した運命を背負っている。そこである日二つの集団の首領同士が結束してその捕食動物を打ち倒すプロジェクトを立てることにする。そしてその目的を達するまでは二つの集団は協力的であり、相互に役割分担をしてその役割を担う成員たちは皆同一目的に供せられる責任を負っている。そして天敵である捕食動物を打ち倒すプロジェクトを実行する日がいよいよやってきて、計画通り成功し、その大型動物の脅威は一先ず静まった。しかしその捕食動物の脅威が退却すると今度は二つのグループが狩をしていたある小動物の狩猟範囲、狩猟量を巡る葛藤が生じるようになる。ある天敵からの脅威に対抗する意志が両グループ内に蔓延している内は結束していた協力体制が一気に崩れるのだ。そのように両グループが狩猟を巡る衝突が顕在化してきた時、もう一つの移動集団CがA、B両集団の領地を横切る。A集団はどうということなくC集団の移動をやり過すのだが、その次にB集団の近くを通りかかる時、B集団の首領が何の気なしにC集団の首領に言葉をかける。C集団の首領はB集団の首領がほくそ笑みながらこう言うのを聞く。
「俺たちに協力してA集団の首領とその取り巻きをやっつけるのを手伝わないか?もし協力してくれたら、君たちに僕たちの狩猟範囲の幾分かを配分してあげよう。そしてA集団の生き残りを奴隷にして連れてきた時、その半分を君たちに差し上げようじゃないか。考えたのはこの俺だから、後は君たちは俺の考えた通りに手をちょっと貸してくれさえすればいいのだ。どうだ、悪い話じゃないだろう?」
 B集団の首領は天敵から平和になったばかりの人間集団間での葛藤が顕在化してきたこのシビヤな現実を克服したいがために以前の仲間を裏切ろうというわけなのだ。C集団の首領は少し考えてから決断した。そしてB集団の首領にこう返事をした。
「その話に乗ろうじゃないか。でもそういう風に俺たちを巻き込んで以前の仲間だったような奴らを嵌めるのだから、ことが済んだら俺たちもどんな風に裏切られるか知れたものじゃない。だから担保が欲しい。お前の女房をお前が俺たちにした約束を守ってくれるということを俺たちが確認出来るまで俺たちの集団内で人質にしておきたい。」
 そのC集団の首領の意見も尤もだ。そこでB集団の首領は承諾し、竪穴住居の中から首領の女房を部下に連れて来させる。
 このストーリーは私が勝手に想像ででっちあげたものである。しかしここには幾つかの責任履行というプロセスが凝縮されている。例えば最初捕食天敵に対抗する時責任は分担されている。A集団とB集団の間にはある信頼関係がある。しかし一旦その目的を達成すると、別の欲求が頭を擡げてくるのだ。それは平和時における競争の論理である。非常時には結束されていた絆はもろくも崩れ去る。最初の協力はあくまで純粋な良心に基づいているだろう。しかしB集団の首領がA集団そのものの存在を疎ましく思うようになるに至って、A集団を打ち滅ぼす計画を立てて、その陰謀をC集団の首領に持ちかけた時に見せる協力者(共犯者)に対する自分の女房を差し出すB集団の首領の心理は同じ責任でも良心には基づいてはいない。最も悪辣な首領であれば、愛する女房を差し出す振りをして、目的を達成した時に、実はその女房をさえ日頃から別れたく思っていて、C集団に対して何の分け前もやらずに人質を見殺しにすることを予め決めている者すらいるかも知れない。
 つまり人間集団における信頼関係はある意味では外部的な条件次第で如何様にも変化し得る、つまり利害ということにおいてのみ考えればそういうものである。つまり損得勘定で全てを割り切ればどこまでも悪辣な心理は発生する可能性がある。しかしだからこそ良心というものは人間には必要とされた、あるいは必然的に認識され得る場が与えられた、とは言えないだろうか?例えばここでC集団の首領が最初から気が進まないと断っておれば、彼はB集団の首領の陰謀に巻き込まれずに済む。しかしもしそういうことをすれば、C集団の首領を今度はB集団の首領がそのことを根に持ち、今度は最初やっつける積もりだったA集団の首領に逆に声をかけ、一緒にC集団を襲い、彼等の財産を根こそぎ奪おうとすらするかも知れない、そういう風に邪推する悪知恵を働かす部下にそう説明を受けるかも知れない。それでもうっちゃっておこうと決め込むか、その部下の言う通りにB集団の首領の言い分を一先ずは聞こうと決めるかは結局のところC集団の首領の性格、人格、意思決定の合理化をなす彼の裁量一つにかかっていると言えるだろう。そして彼は悩む。誰に対する責任を最も優先すべきであるか、と。
 例えばもしその部下の言う通りにB集団の首領がすればB集団から裏切られるだけかも知れない、要するに骨折損のくたびれ儲けなだけかも知れない。しかし逆に部下の言うことを無視して、どうもB集団の首領は信用がおけない、向こうがまさか自分の女房を差し出すなんて、どうかしている、そんな申し出に乗ってくるとは思わなかった、予想以上の悪党かも知れないではないか、と一切を断りそれまでしてきた移動を続行させるしかないと決断したら、今度はそのB集団首領の悪辣さからすれば、A、B集団双方から挟み撃ちされるかも知れない、それではあまりにもリスクが大き過ぎる。しかし逆に考えれば、実際A集団を裏切ろうということ一つを取ってみれば、A集団の首領やその部下たちが日頃B集団以上に悪辣かも知れないではないか、それなら寧ろそういう風に断っても尚、B集団の首領は陰謀を聞かされてその口止めとして自分たちが殺されるというようなこともないかも知れない。そんな心の余裕は彼にはないとも言える。しかしそれにしては一度は自分の女房さえ差し出すと言い出してきたB集団の首領はなかなかの太っ腹だ、人格者ではなかったのか、つまりA集団を襲うことにした決意へと至るプロセスにおいてもよくよくの事情があったかも知れないではないか、それならいっそ自分の集団の利害を守る責任感溢れるB首領の申し出を受けて立ち、逆にこちらから言い出した彼の女房を人質として確保するような姑息な申し出も辞退すべきじゃないのか、そうC集団の首領は考え出す。
 要するに利害関係だけで考えればどのような邪推さえ可能である。しかし人間は仮にそのような邪推によって最低限の損失を未然に防止することが出来たとしても、今のケースから言えば、B首領がもし仮になかなかの人物であるとして、それが正しい場合、寧ろセイフティーネットを予め設定しないで、彼の申し出をすんなり受けて信用することが最も偉大な友人を得る可能性(もし人質を確保して仮に後は全て巧くいったとしても、真実の信頼関係というものは最早C集団首領にとってB集団首領に対しては獲得出来はしないだろう。)が大きいということから、騙されて元々という決断こそが最も正しい場合だってあるのだ。つまり他者を信頼し、信用することで真実の友情を得るこが出来るのなら、それに賭けてみることには意味がある。そう考えることが出来る。そこにある意味では良心というものの自分にとっての幸福感というものがある。それは人から言われてその通りにして失敗するくらいなら自分の考えで決断して失敗する方がずっといいという決断である。それは他人を信用することで失敗する方が他人を疑って失敗するよりましだ、という価値観である。それはある意味では良心というものの本質、つまり自己内の充足感において後悔と自責の念に駆られたくはないという思いでありはしまいか?
 C集団首領がB集団首領から申し出を受けた瞬間最早彼はそれ以前のような彼等と無関係なただの通りがかりではなくなったのだ。しかし同時に彼はC集団全成員の利害と身の安全という面での責任も背負っている。しかし後は彼の人を見る目の確かさと決断力だけである。要するに全責任は彼の直観力にかかっていると言っても過言ではない。頭の切れる部下の言うことを聞いて、ここは一つ彼の言うようにB集団首領の妻を人質に取り協力するか、それとも彼の申し出を断り素通りすることにするか、そして自分が一旦言ってしまった彼の妻の人質の件を反故にして信頼して何の担保もなく協力するか、その三つの選択肢がC集団首領には与えられている。勿論彼の頭の切れる部下が強引に主張するようにB首領がかなり悪辣であるなら、やはりきちんと担保を取っておくべきかも知れない。あるいはもしもっと悪辣で最後には自分たちさえ殺されるのであれば、彼はB首領を信用し過ぎることで逆に部下たち一切を犠牲にしてしまうことになる。そうなった時には彼は頭の切れる部下がもし生き残っていたなら、責任を取って死ななければならないかも知れない。信頼がおける部下の言うことを聞くことの方が無難ではある。しかし同時にその部下の言う通りだった時には逆に今度はその部下が絶大な力を彼と部下以外の面子に齎してしまう。それはそれで統制の意味合いから極めてまずい。そんな結果を齎すのならいっそ、B首領を信じることに賭けてみる価値がありはしまいか。そう彼は考えるかも知れない。
 利害関係とかある社会全体の動向を左右する流れにはある必然性がある。しかし良心というものはそういった必然性に拮抗するような決意がある。それは流れとか傾向性とかをものともしない人間の自由への希求がある。つまりあらゆる外部条件によって左右されるような現実とか実質的な傾向というものがあるからこそ、逆にそういう利害を一切省みないような決断こそが最も適切であるという意志決定の合理化が成立し得るのだ。良心とか責任といった観念とは意外とここら辺に発生する場が与えられると考えてもよいのではないだろうか?ここで一つ定義事項が増えた。つまり良心とはあらゆる外部条件に左右されまいとする意志に他ならない、ということである。するとカント的な意味での自由とかエックハルト的な信じるということの意味と良心は密接であると言える。
 私はディノテーションとコノテーションのことについて考察した。その際に相手からコノテーションをされ、それを見抜きながらも、そのコノテーションに気が付かない振りをしたケースについて述べたが、これはやや屈折した良心かも知れないが、実際にはこういうケースは極めて少ない。人間というものは咄嗟の判断でそこまで用意周到な行為を選択することは通常は出来ないものである。しかしもしそういう判断がつくのなら、ここ一番というようなケースでは賢明な判断ということになるが、そういうことは始終であるなら人間は耐えられまい。また、もしかしたら相手を傷つけないように自分が騙された振りをするということそのものは結果論的には(つまりその真意がもし仮に騙された振りをされた側に知れた場合)最も相手に対して侮辱となるということも考えられるからだ。思い遣りとはしばしば侮辱に隣接している。そういう意味では悪い知らせを臨終の人には知らせないでおくというような非常時の場合以外では、仮に憤りの感情を示すことであれ、真意を表出することこそが最も人間にとっては結果的には良心としては正しい行為かも知れないのである。

Monday, October 19, 2009

〔責任論〕第四章 責任と良心②

 しかし人間は前章での低次な信頼性にではなく、あくまで高次の誠実性において言語行為を履行してきたからこそ、逆に偽証という事実が成立し得るし、不誠実という心的な様相が存在し得るのであり、その逆ではない。つまり我々は脳幹だけではなく、大脳皮質において思考能力を進化させてきたように、そしてその中でも前頭前野において細かい思考をしてきたように実はこの高次なレヴェルでの発話を旨としてきたからこそ、逆に意思疎通上での策略とか戦術さえもが成り立つのであり、決してその逆ではないのだ。
 だからその部分ではカントの捉えた善意志とか道徳的法則といったものは決して近代意識としての権利問題であるばかりではなかったのだ。カントが言う客観的原理であるとか命法といったものは近代意識によって自覚されるものではない。それは寧ろ人間という種においてなされた言語獲得の起源的な原理なのである。まずそのことを踏まえて我々は良心というものの起源について考えてみよう。
 そこに歩いている他者が自分と同一の言語を話すであろうという目測は全て起源的には良心に遡行出来る。何故なら我々はそもそもその他者を意思疎通の相手として選択する信頼性において認識している限りにおいて、被捕食者が捕食者を殺害するような目的ではその他者に接してはいないからである。それは紛れもなく他者を同一の種、同一の意思疎通能力保持者として認識し、そして何よりも話しかけようとしているからである。その行為選択はあくまで我々がその他者の共同体内での存在を認可しつつ、その存在認可を良心に従って宣言しているからである。あるいは敵対するテロリスト同士のテロ行為でさえ、我々は究極的には敵対する者という認識で他者を見ているわけであり、敵を絶滅させることが目的ではないのだ。敵はほどほど存在することで戦略的な自己の存在理由が我々には認識し得るのであり、それが全くいなくなった時我々は闘争を中断させるばかりか自己の存在をも消滅させなくてはならない。これは比喩で言っているのであり、闘争を正当化しているわけでは決してない。その敵対者同士の内的な心理の原理、必然性として言っているのである。
 先ほどの例から言えばもしその街角に歩く他者に対して被捕食者が捕食者に対して抱くような考えを持っているのならそもそも我々はその者に対して発話してこちらの存在を他者に知らしめるような馬鹿な真似は決してしはしない。そしてテロリストたちは彼等同士で闘争していたとしても尚、闘争することを宣言することを通して(発語内行為としても、発語媒介行為としても)相互の存在を認め合っているのである。このことはこちらの存在を他者に決して気付かれないようにする行為とは対極のものである。従って逃走に対する追跡ではなく、通常の歩行者に対する尾行ほど最も他者の人権を無視した行為はないのだ。よってストーカー行為というものは他者存在の認可過程とか宣言を完璧に抹消された他者存在否認であり、敵対的行為ですらないのだ。それは完全なる良心の不在である。
 結局責任とは他者一般あるいは他者全般に対してなされる意識であり、それは社会に対する意識であると言える。自分たちのファミリーさえ安泰であれば、後はどうでもよいというようなエゴイスティックな精神は寧ろそのような事態を輩出させた前段階として他者一般、他者全般に対する意識が想定され、その派生態として考えることの方が適切であると考えられる。
 生物学者のリチャード・ドーキンスは「利己的遺伝子」以来「延長された表現型」、「ブラインド・ウォッチメーカー」等次々と示唆的な大作を発表し続けてきているが、彼の視点のユニークさは遺伝子自体が身体(個体)というビークル(乗り物)を通して自らの利他的戦略を通して生存の意志を顕現させているという考えを基本に、言語、社会といったミームと彼が呼ぶ表現型の様々なタイプを通してその主張をしていると捉えている点にあるが、実際DNAそれ自体からRNAをメッセンジャーRNAを媒介して選択的スプライシングをさせながら発現させているわけなのだが、発生論的に言えば、RNAという存在がア・プリオリに存在したからこそ、その存続のためにDNAを派生させたと考える向きが大勢となってきている今日、やや遺伝子それ自体の目的性に全てを収斂させ過ぎた嫌いはある。例えば脳、それ自体が身体各位に対して指令しているその中央司令塔的なシステムは身体という存在を前提しているし、そのシステムを代表しているに過ぎず、脳が身体を構成しているわけではない。敢えて言えば遺伝子が脳を産出させてきている。しかし同時に遺伝子はそれ自体によって自身を構成しているというよりは、遺伝子によって発現させられるRNA、蛋白質、細胞といったセントラル・ドグマを誘引させる全工程を前提して存在しているとも言える。つまり仮に遺伝子が先験的に存在し得たとしても尚、その遺伝子の存在自体にはその後の全工程を発現すべく内在的資質を持って登場したと考える方がより自然だ。勿論その進化の過程そのものは限りなく多くの偶然の集積によって現在までのような全システムと工程を築き上げたのであろう。
 そして何でこのような持って回ったことを言ったのかと言うと、つまり責任というものの起源についての考えを整理するためなのである。私は良心を機軸とした理性こそが知性を総動員させ、進化させたと考えているが、それは要するにRNAがDNAを派生させたように一見知性(それはかなりの動物にも見られることである。)こそが理性を生んだように思われるが、実は人間の場合には偶然的に理性という能力を有していたがために、それに見合った形で独自の知性を派生させたと捉える方が我々の種の歴史を捉え直す時、全て自然な形で理解出来ると思われるのである。そして勿論だが理性は目的論的に持たれた能力なのではなく、それこそ偶然だった筈なのだ。そしてその偶然を必然化してゆく累積淘汰(選択)の過程で我々は高次の知性を獲得することになった。(後は「ブラインド・ウォッチメーカー」のドーキンスの主張の通りである。)
 ドーキンスの謂いを借りれば、社会は一個の人間の遺伝子並びに身体へと発現される全システム、全工程を予兆させるものの中では自身で構成する環境であり、ミームである。だからこそ逆に社会に同化するように自身を運命付ける。そしてその環境と遺伝子の双方向的なシステムを運命付ける一つの大きな指針として表徴として存在しているのが、責任という意識である。責任意識は前社会意識的に存在し得る。それは他者一般、他者全般に対する配慮を先験的に思惟し得る能力として運命付けられている。つまりこの責任というア・プリオリがあったればこそ言語獲得を例えばマウスも有しているところのFОXP2遺伝子を通して人間独自の言語獲得を自己複製子に対して継続させてゆくことが出来るのだ。言語活動とか言語能力が理性や責任を生んだのではない。理性と責任の対となる意識が言語を獲得させ、進化させ、社会を必然的に創造させることと相成ったと私は考えるのである。勿論理性の起源とはカントが統合したような近代的な理性ともまた少々事情が異なってはいただろう。しかし近代的理性へと累積淘汰(選択)することを促し続けた当の原動力としての原始的理性と責任の意識は言語獲得以前的に資質論的に内在していたと考えればもっと全てのミッシング・リンクも理解しやくすくなると私は考える。
 ここで理性‐責任‐良心ということの相関性をもっと理解しやすい形で整理しておく必要があるだろう。これら三つは決してどちらが先ということはなかったであろう。何故なら責任のない理性は考えられないし、良心が不在な理性というものも矛盾している。そして残り二つに関しても同様のことが言える。この三位一体は哺乳類が何らかの恐竜その他の捕食者たちから自分たちの身を守るような状況を強いられた時代から継続してその萌芽はあったかも知れない。そして人間の場合特に例えば犬とか猫たちがペットとして飼われていて、その際に飼い主からよく接して貰える時の状況の学習という能力を遥かに超え得る能力であったと考えられる。例えば犬や猫は近隣に自分と同一種が存在することを知っているが、地球の裏側(そういう知のない時代ならそれなりに「どこか」に、という意味で)にも自分と同様の生命は存在して、いつかは死ぬと知っている人間のような意味では無知であろう。またそういう想像をすることはないだろう。人間の想像力がそのような飛躍を可能にしたのなら言語獲得は言語を有した人間が哲学的思考を有することになるくらいに自然であり、必然的であったことだろう。
 犬や猫には無理でもイルカならそれに近い観念を有している可能性はあるかも知れない。ただ人間は少なくとも他者一般、他者全般を表象することが可能であったために社会を構成することが比較的楽だったとは言えるだろう。勿論我々のように眼に見える形で構成されてはいないものの確固たる社会を構成する動物群は沢山いる。しかし他者一般、他者全般を想定した上で責任を語ることが出来る動物は全く存在しないとは言い切れないものの、人間以外にそれを発見することは困難を極めるとは言えるだろう。
 そして敢えて理性‐責任においてそれらを特色付けることのたやすいものこそ良心であると考えることもまた理に適っている。次章では良心のシステムについて詳しく考えていってみよう。

Saturday, October 17, 2009

〔責任論〕第三章 責任と信頼

 しかし良心というものは判断行為において、それが正しいことであるという信念に忠実に履行しようとする慣習的な行為連鎖に位置付けられでもしない限り、我々はただ単に丼感情であるとしか判断し得ないであろう。例えば法というものを考えてみよう。法がただ個別のケースを裁くための処方として、丁度一人一人の患者の体質に合わせた薬を処方するように個別の裁定を下すということにおいて方便であると捉えることは間違いではないだろうが、その法を如何様にも解釈出来るとした場合(現行の日本国憲法にはそういう性質があるがために憲法改正という題目が出てきているのだが)、裁定する者と裁定される者の都合によってどのようにも解釈出来るとしたら、これは法整備の不備であるとしか言えないだろう。だから良心というものが仮にただ単にその場凌ぎの処方であるなら、それは寧ろ良心という名に値しないと言って差し支えない。だからもしその場凌ぎの判断が成立し得るのなら、それは判断を支える信念であり、それをここで信頼としてみよう。その低次の信念について考えてみなくてはならない。そして再び良心とは何なのかを考え直してみよう。
 例えばイスラム法として知られる「クルアーン」は二つ大まかな解釈が存在する。それはスンナ(スンニ)派解釈と、シーア派解釈である。前者は最も多くの信者を世界中に持つ考えであるが、要するに字義通りの解釈をせよという教えである。しかし後者はその字面に示されたものには背後の意味が存在し、それを読み取らなくてはならないという解釈である。もっと要約して言えば、スンナ派解釈で言えば、「クルアーン」はディノテーション(明示)的なテクストであり、逆にシーア派解釈で言えば、「クルアーン」はコノテーション(暗示)的なテクストであるということになる。しかしこのような大まかな宗教教義上の解釈の相違も、同一テクストを介在させて国家とか民族共同体を管理する上での分岐的な事実でしかなく、恐らくそれらは実は同一の視点から別々の解釈をしていると外側からは認識し得る(尤もその分岐性そのものがその成員同士では重大なことである場合も多々あるのだが)。寧ろ問題なのはある一つの事実に対する解釈の違いから、例えば一個の文章があるテクストに記述されている場合、あるいはある一個の発話(発言)がなされた場合、その発言が意味するところがディノテーションであるかコノテーションであるかというような判断はそれを受け取る者の解釈次第であるとさえ言える。例えば世の中には冗談の積もりで何かを述べた者の真意とか意図を解することが出来ず、要するに冗談の通じない人間というものはある。しかし冗談もまた時と場合を弁えてそれを言っていい場合と、そうではない場合というものもあるだろう。またこういうことも考えられる。ある発言をディノテーションであるかコノテーションであるかということはその発言の意味内容に関する理解度と理解速度に応じて変化するということである。例えばある専門的な語彙とか引用とか示唆を与える場合、その発言意図を即座に受け取り理解する者にとってそれはディノテーション以外の何物でもない。例えばその発言が聴者に対する当て擦りであるとか皮肉であるとかの場合などは特にそうである。しかしその発言の意味内容を即座に理解出来ないということが発話者に予め想定されて敢えてそのような聴者にとって難解な理解を強いるものである場合、それは明らかにコノテーションであると言える。しかも厄介なことにはある発言が意図的コノテーションとして指し示されて話者によって提示されていても、聴者が思いの他上手であり、それをディノテーションとして受け取ることの出来る能力を有しており、それを即座に不快感を示すことが出来て、「しまった。読み取られたか。相手を見くびっていたな。」と発話者が後悔するだけならまだよい。問題なのは気が付いていて尚気が付かない振りをする聴者である場合などは完全に話者の方が手玉に取られていて、尚且つそのことに言った本人は気付いていない場合、我々はこれを明示と暗示どちらと受け取ればよいのだろうか?要するに命題内容としての発言の波及力そのものに対する明示と暗示の裁定と同時に、話者の真意表出性をも考慮に入れた誠実性をも加味して考えるなら我々は命題表示部分とオースティンの言う発語内行為としての力表示部分(先述の「法解釈の言語哲学」大屋雄裕著、40ページに詳しいので参照されたし。)からの考察と同時に発言態度の誠実性にまで考えを及ばせなくてはならないのである。従って明示性と暗示性は話者、聴者双方の誠実性によるコミュニケーションの前提基盤と、その了解(相互の)と、命題内容如何でどのようにも可変的であると言えるのである。
 
 例えばある言辞が齎された場合、すり同士の会話とか銀行強盗同士の会話であるなら、その目的性において履行意志が明確であるから「~とあなたに報告する」という部分は全く述定する必要はない。また取調室の刑事と被疑者の会話の場合、刑事は逮捕拘留しようとしているわけだからたとえ柔和な態度で被疑者に接して被疑者が気が緩んでやってもいない犯行を自供したとしても、柔和で人当たりのよい刑事はただ「よく告白してくれました。」とだけ言い、その実彼は職務を遂行しただけのことであり、被疑者の立場に立ってはいないことは明白である。それはサラリーローンに藁をも掴む気持ちで借金に訪れた客と、その事務所で応対する女性従業員のにこやかな笑顔にして同様である。つまり言辞、陳述の全てはその命題内容だけではなく、あくまで話者たる相手の立場に立ったものであるか否かという誠実性に常に目的論的には着目しなくてはならない。しかし矛盾するようだが、そしてここからが大切なことなのであるが、話者同士が騙し合おうと思って接したり、画策したり、出し抜こうとしている場合ですら、実は意思疎通というものはその前提条件においては信頼性を基礎としているということなのだ。
 例えば親しい者同士の会話では、その発話される陳述の意味内容如何というような問題は寧ろ過小なものにしか過ぎない。何故ならば彼等同士人間関係的にも信頼し合っており、それは発話することがその確認のためのルティンワークでしかないのだから、それは丁度地域共同体内での近隣住民としての顔見知り同士の朝の挨拶のようなものである場合も多い(勿論そうではない場合もあるが)。しかしそもそも面識のない者同士の会話ではまず発話した者が何故聴者に話しかけたかということの意図と目的を説明する義務がある。それは要するに意味内容明示性の行為なのだ。それに対して前者の親しい者同士の会話は意味作用受容性の行為であり、それは人間関係の信頼度の確認であり(家族内でおやすみのキスを交わすような意味での)信頼促進のための行為なのだ。しかし疎遠な者同士、純然たる他人同士という関係の場合、意味内容如何ではそれ以上の意思疎通は遮断すべき場合もある。話しかけてきた者が何らかの営業的な勧誘であるかも知れないし、押し売りであるかも知れない。しかし重要なことはここからなのだが、そういう場合でさえ、まず基本的に意志伝達することが可能であるという事実こそがそういう会話でさえミニマルな基本、つまり信頼性によって我々は会話している、ということなのだ。
 例えば我々は猫や犬にはそういう会話をしようとはまず思わないし、明らかに観光客である外国人同士が我々の与り知らない言語で会話している場合、その者たちに対して通常の知人や同国人同士で会話するように話しかけることはまずないだろう。尤もその者たちの発話する言語が瞬時に理解出来たなら話は別であるが。
 つまり命題内容が偽証であったり、嘘であったり、はったりであったり、その発話の目的が相手を騙すことであったとしても尚我々は意思疎通し合える相手であるという前提なしにはそういう会話すら成り立たないという現実を生きているということなのだ。すると我々はただ親しい者同士から純然たる他人にまである階層的な認識を個人毎になして会話しているが、責任の所在、つまり親しい者に対して誤った情報を仮に意図的にではなく伝えたとしたら、親しさの度合いに応じて良心の呵責に苛まれることが通常であるが、同時に見ず知らずの他人に対してどんな謝った情報を伝えても構わないかという判定においてこそ責任という倫理は問われ得るのだから、つまり職業倫理、アカウンタビリティー、情報開示といった全ては責任という名に収斂される意味合いを持っている。それはつまり良心(よい情報内容を相手に対する差別意識することなく伝え合う倫理の起源としての)を支えることの出来る能力こそが、ある意思疎通をすることは可能であるかという言語認識、言語理解能力に対する裁定基準、つまり会話が成立するか否かに掛っていると言っても過言ではない。すると良心という理性的な基準というものはその前提条件としては理解能力という知性、つまり低次の(理性が高次のものであるとしたら)条件によって支えられていると捉えることが出来る。しかし同時にその低次の条件が全ての言語活動を支えてきたわけでもなければ、また人間の言語活動を進化させてきたわけでもない、ということをしっかり認識した上で理解すべき前提条件なのである。例えば生物学的に大脳皮質によって我々が判断していることの前提条件として脳幹だけで判断していると判断してはならないだろう。しかし同時に我々は大脳による判断を身体によっても、それ以外の部位によっても同時的に行っているのだ、ということである。だから余程鈍感な者か、その場の状況を判断出来ない場合(取調室に缶詰にされているのに刑事から尋問を受けているという判断がつかないような病理的に鈍感な場合等)以外では通常我々はある命令に対して、「~を私はあなたに命じます。」とか「~をあなたに報告します。」などとは言わない。ただ単刀直入に命題内容を述べるだけである。「奴が死んだよ。」とか「そこに座れ。」とかのようにである。そしてそれは低次な信頼性(あなたは私と同一の言語を使用することが出来るということを承知であること)と同時に誠実性(それは威嚇的発言でさえそうなのだ。つまりその威嚇意志を伝達することが出来る相手であるという真意を表出しているのだから)をも使用しているのだ。そしてそれは殆ど無意識レヴェルからそのようにしているのである。

Thursday, October 15, 2009

〔責任論〕第二章 責任と良心①

 人間には他者に対して「もしも彼(女)の立場に自分が置かれたたら」という思念を持つことが出来る。それは自己を他者に置き換えて考える仮定法の思念である。この能力が人間に言語活動(現在までのような)において多大な進化を齎してきた。
 人間が利他的な行動に出たり、利他的な価値観によって決心したりするのは、人間が集団内で利他的な行動をするべきであるという観念が定着しているからであり、その観念の出所とは一方で人間がややもすると利己的な特殊意志を知らず知らずの内に発動することがある、と全ての成員が了解し合っているからである。それはある意味では性悪的傾向を有していることを皆が了解し合っていることを意味する。
 利己的対他攻撃欲求を抑制する知性とは自主的なものであり、それを支えるものは良心である。人間は悪を悪であると認識することが出来る。この能力は悪事を働く者にある種の疚しさを感じさせるところのものである。疚しさを感じることが出来るということはそれだけで良心を抱くということであるから、どんな悪党でも疚しさを克服する仕方を知っているのだろう。責任は疚しさを感じるという事態にて疚しさを感じずに済む処方として捻出された観念であるとも言える。しかしもしそれを遂行しなければ疚しいと感じるから、それを避けたいという消極的な観念とは、寧ろ責任感のない者に向けられた最終的な防波堤であり、真実に責任を全うする者に対して責任とは善行に勤しむことを促進する里程標である。防波堤であるだけの責任に対する認識と、里程標としての認識に横たわるずれが、我々を自分に対する評定基準として作用させる時、出来得るなら自分をよい方において選択したいと望む心理を醸成する。
 カントが善意志と言った時、彼の中では明らかに性格論的な行動としてではなく、つまりその人間の傾向性としての選択ではなく、その選択が自分にとって好ましくはないものであっても尚、義務履行的に、あるいは責務遂行的に選択する意志の方をこそ積極的に評価に値するとしている。だから逆に性善的な性格、傾向性を有する者も尚、意志的に正しいと確信して(ただ贔屓心によってではなく)遂行する行為にこそ意味がある、とカントは捉える。それは感覚的行動に対する認識的行動の優位性の主張であると受け取ることも可能である。ここで責任と認識について少し考えてみよう。
 良心をただ単に悪いことをしたくはないということ、つまり悪いことをすると撥が当たるという観念からではなく、それが真に正しいと確信するから何らかの良心的行動を起こすという決意にはある積極的な信念が求められる。それはその信念を脅かす存在が立ち現れた時には敢然とそれに立ち向かい、攻撃することも辞さないという決意が必要である。よって良心に対する確信というものは一面ではただ優しく行動し、他者を傷つけずに済ますというような生易しさとは対極の性格が内在している。逆に責任に対する信念とは、それ自体が良好に世間的にも、結果論的にも作用している内は何の問題もないが、逆にそうではない場合ですら責任は責任なのだから、非良好であっても結果論的に良好ではなくても尚衆目の一致を見ることを強いるものでもあるのだ。それはある時には非情ですらある。例えば裁判官の息子や娘であれ、殺人を犯したら、それを裁くのが親であっても、親は自分の子供に死刑の判決を下さなければならない。勿論これは比喩である。要するにえこ贔屓を許さないという堅い信念が要求されるので、ある場合には窮屈な結果に終始することすらあるということなのだ。例えばそれは民主主義に関しても当て嵌まるのだ。全ての成員が間違った民主主義的選択をなした場合ですら、それは手続き上正しいことなのである。
 つまり悪法があったとして、あるいは誤った判断によって無実の被疑者を護送する公務員には職務上の命令につき従っているだけであり、自らの判断によって被疑者を取り逃がしたりすることは通常許されない。その法を遵守する役人の行為それ自体は責務に忠実なだけであり、何ら責められる筋合いのものではない。故に責任というものは個人にばかりではなく、社会全体にもまた課せられていると考えることの方が理はあるのだ。

Tuesday, October 13, 2009

〔責任論〕第一章 記憶と忘却に支えられた責任論

 責任という考え方は、他者に対してだけではなく、事物に対してどれほどの配慮を払われるかということにおける価値規範として立ちはだかる。例えば自分にとって大切なものというものは、所有の概念によって命脈を保っているから、それは同時に自分にとっては大切ではないものというものの存在をも指し示す。しかし仮に自分にとってはそれほど大切ではないものの存在を、何かに対して規定しても尚、誰か同一社会の成員にとっては大切なものというものはあり得る。またそういう認識を持つことで、それがたとえ自分のものではなくても尚誰かにとっては大切なものであり得るという観念を持つ能力そのものが社会意識であり、責任という考え方の基礎として存在している。それは他者という存在の延長形として、ある意味では他者の存在そのものであり、他者の世界そのものであり、要するに他者の表現型の一部である。そしてそれは人間固有の考え方であるかも知れない。
 要するに責任は他者の存在に対する認可に対して他者に纏わる事項の認識を付与しつつ、それを他者に対する配慮として顕現させる。それは他者が大切に思うものを尊重することによって、あるいはそういう理解の下で他者にとっての大切なものを自己の所有にも勝るとも劣らないものとして認可することを通して、他者にとっての心の志向性を尊重することであり、他者の認識を自己の認識と勝るとも劣らない、ある時にはそれ以上の配慮を払うことで社会の成員として誠意を全うするという意識を生じさせる。そこに責任という考え方の基礎がある。他者の所有物に対する配慮のない成員とは従って他者存在の社会における位置づけそのものを認可していることにはならないということの意思表示として我々は他者の存在を他者の所有という観念にはまで拡張することで他者と自己の関係性を維持しているのである。それは他者の住居、他者の使用物、他者の行動範囲、他者の持つ自由時間その全てに適用されるものである。
 これは一面では公的な機関、公的なあらゆる幻想、例えば民族、国家といったあらゆる事項において、そこで採用される法的な執行力のあるラングにさえつき従っておれば、後は何をしてもよい、という個的な自由の承認が集団全体によって認可されているとも言え、このような事態は、プライヴァシーというものを人間がかなり早い時期(つまり言語獲得しだした初期状態)から定着していた、と言うよりも、プライヴァシー尊重という利他的な観念の定着こそが言語行為を人間に齎したのだ、とさえ考えることが可能である。そしてそのように人間の個的な所有(事物、時間に関する)を認可する人間同士のプロセスにおいては、人間の記憶力の留まるところを知らない進化と共に、共進化してきた忘却のシステムの存在を抜きには語れない。簡単に言えば、人間は自分にとって必要なことはいつまでも忘れないのに、自分にとって不必要と思われることに関しては簡単に忘却してしまう、ということなのだ。そしてこのことに関して私たちが問わなければならないこととは、個人にとって必要なことと、集団全体にとって必要なことというのが必ずしも一致してはいない、という事態である。そしてその真理が本章最初述べた自分にとって大切ではないものであっても他者にとっては大切なものであるなら尊重すべしという観念へと結びつくのである。
 責任とは成員相互の記憶能力に対する信頼を基本として成立している。記憶しているということが前提で責任とは問われる。しかし時として「覚えていない。」と白を切られるという経験は誰しも持っている。つまり社会とは記憶喪失とか記憶喪失偽装する者に対する処方を有していなければならない。そこで記録という観念が生じるのだ。記録さえしておけば、責任の所在が問えるし、それ自体が確たる証拠となる。しかし同時にそのことは記録者が誠実であることが要求されてもいるのだ。そのことはさておき、エクリチュールの発明とは記録されたものを各成員が個別に確認出来るという利便性をモットーとしている。しかも記述者も、その記述読解者も、その記述されたものを見た後、その細かい内容を忘れていたとしても尚、そういった各個人の記憶の不確かさを補うように記述を見ればよい、という便利さだ。少なくとも記述自体の改ざんさえ行われていなければ。しかしパロールにおいては今日のようにテープレコーダーのない時代にはその確かさを確認することが出来なかったので、エクリチュールは厳正なる手続きによって衆目の一致した状況でなされていたと考えるのが自然である。このパロールによるだけでの記憶の不確かさと、記録のないことによる証拠隠滅性こそがエクリチュールに発展を促した内的な要因であると考えられる。だからいつでも閲覧出来るというエクリチュールのシステム(その閲覧システムを保証するための社会制度が必要とされるけれど)とは、人間社会の記憶力の不確かさと、正式、公式と私的なことの弁別性において発明された、と捉えることも出来る。それは個人のレヴェルでもそうであるし、集団のレヴェルでもそうなのだ。
 つまり仮にある個人の記憶力に頼っていたのなら、その個人の記憶事項の優先順位とは常に個人毎に異なるし、個人性格の傾向性に依拠しやすい。しかし集団全体が一つの確たる記憶を有して、それを後日衆目の一致を見ることは、そういった機会そのものを作ることにおける困難さがある。そこである個人が記憶していなかったり、思い違いをしていたりすることを前提にして、あるいはある個人が確固として記憶をしていてさえ、嘘をつくこと、記憶事項の偽証をすることの可能性を考慮に入れて、エクリチュールは法的な秩序としてなされた、と考えることが出来る。だからエクリチュールとは閲覧されることの自由と、その閲覧時期のなるべく常時であることが求められ、閲覧事項の保存を社会全体が保証するシステムと同時的に発展したと考えることもまた自然である。つまり閲覧の平等という観念こそが逆に特権階級的な閲覧をも可能にする。閲覧の利便性そのものが人間社会にエクリチュールを発展させたと考えてよいであろう。そして記述者にはそれ相応の正しい記載を行うべく責任が常に記述に際して求められたと言うことも出来よう。
 責任には幾つかの重責と軽責との段階があったであろう。記述者、記載事項保存者にはある程度の重責が課せられたであろうし、責任の所在に関する記載事項においてはその記載された者に重責が課せられていたと考えることもまた自然である。そして一般的には全ての閲覧者において、その被閲覧事項の内容に関する記憶力こそが責任となって存在したとも言える。それを記憶していなかった者には懲罰が課せられたと考えることまた自然である。
 ここで記憶には脳科学的に二通りあることを確認しておこう。一つが第一記憶(短期記憶)であり、もう一つが第二記憶(長期記憶)である。そしてこの二つはいささか性格が異なる。人間にとって大切で常に必要な知識は第二記憶であるし、ある時期が過ぎれば必要なくなる幾多の事項は標準的に言えば第一記憶として処理されると考えてもよいだろう。
 そして責任というものの所在もまたこの第一記憶と第二記憶の使い分けそのものから派生すると考えてもよい。つまり社会では常に個人的、私的レヴェルとは異なって、覚えていなくてはならない事項と、そうではないことがある。そして人間は親しい者同士では非公的な事項をこそ忘れてはならないが、逆に親しくはない者同士では公的な事項をこそ忘れてはならないとされるのだ。私的、個人的レヴェルでの忘れてはならない事項とは得てして公的には大したことではないが、家族内では最重要事項である。家族の誕生日とか命日とかそういうことである。しかし公的なこととは家族内、親しい者同士では持ち込まないということが常識であるが、逆に公的にはそれだけが必要とされるのだ。そして第二記憶として長期に渡って忘れられないことというのも私的であり、かつ絶対忘れてはならないことと、公的常識として社会通念、生活手段として絶対忘れてはならないこととが共存している。そして第一記憶においても約束という事項の全てはそれが親しい者同士でも、そうではない場合でも適用されるし、公的、私的の双方にやはり跨っている。そして重責そのものもまた公的、私的にかかわらず、第一記憶においても第二記憶においても要求されるのだ。その細かい事例について少し考えてみよう。
 まず公的なこと、つまり法的なことを遵守しないと社会では制裁を受ける。しかし公的なことさえ遵守すれば後は何をしてもよいかと言うと、社会では私的なことの充実こそが個人的な信頼獲得に繋がるのだ。他人にばかり親切で、家族内では目茶目茶であればそれこそ信頼というものは失墜する。しかし私的なことを最優先し過ぎると今度は社会的にやはり信頼を失う。つまり私的な充実と公的な義務の履行の両立こそが社会的成員としての自覚となって立ち会われると同時に、社会的責任履行という現実ともなっているのである。
 つまり公的な義務の履行によって初めて成員は私的な充実を享受することが可能となるし、私的な充実があったればこそ公的な義務履行にも身が入るというフィードバックこそが社会全体の暗黙の了解事項となっているのだ。だから時と場合によって私的な事項は忘却すべきであるも、同時に義務さえ履行しておれば適当に公的な事項を忘却する権利もまた全ての成員は与えられているのだ。つまり全て公的な義務に雁字搦めになることを未然に防止することが出来るような義務を社会は前提するように常に全成員たちによって求められているのだし、それこそが政治を要求するのだ。そして政治参加という題目が義務履行と共に成就することで逆に私的な充実を図る機会が全成員に与えられるという寸法である。
 だから社会では絶対忘れてはならない事項という義務と同時に適度に忘れていてもよい権利が全成員に与えられ、個人的生活の充実においては適度の公的義務履行の怠慢を十二分に使用することが求められ、それは公的な要求とは両立しない。つまり公的に絶対忘れはならない事項は同時に私的なことで適度に忘れてもよいことの両立において成立し、逆に私的なことにおける絶対忘れてはならないことというのは今度は逆に公的なことで適度に忘れてもよいという権利の使用によってのみ成立しているのだ。そのことは記憶と忘却のバランスそのものが脳判断レヴェルから義務と権利のバランスによって成立していることのよい証拠である。
 例えばアメリカ社会ではあらゆるビジネスシーンにおいて、それが経済界であろうが学界であろうが、普遍的に私的生活の充実こそが義務と両立すべき事項であり、人間間の信頼醸成に不可欠である。そこで私的充実を図れないが義務履行の全てを完遂する人間には適度の冷ややかな評定が下される。そういう成員は逆に小さい出世はするかも知れないが、大きな出世はしない。逆に私的充実をそれこそルソーの言う特殊意志を完遂することで公的義務履行を怠慢していると法的制裁を受けることとなる。つまり社会が下す成員の価値評定という人間学は義務の完遂が私的充実を伴い、同時にそのことによる幸福感が社会的な義務と同時に義務的なレヴェルでは推し量れない(だからそれは儲かるとか会社や法人、集団を儲けさせるというレヴェルだけではない、ある時には儲からないこと、例えばボランティアなども含まれるのだが)価値論的な行為をこそ成員個人の存在理由として価値論的に評定するものなのだ、という判断が社会全体にあるのである。つまり義務履行と同時に人間性の所在が求められているのだ。
 恐らくそのような適度の義務と絶対履行事項と同時に価値論的な人生の充実こそが倫理的にも行動論的にも人間社会の曙においても存在し、その事実が言語活動の進化と、意味内容の充実、概念規定の細分化を促したと見ることもまた理に適っている。だからこそケースバイケースで忘れてはならないことと忘れてもよいこと、あるいは忘れた方がよいことというのは自然と決定され、その全ての配分こそが人間の生活や行動を決定し、また逆に忘れてならないこととそうではないことの決定は、人間の生活内容や行動(その都度採るべき)によっても決定されている、と言うことが出来る。そして責任は責任遂行という義務と同時にその責任は何のためになされるのか、という判断をも伴っているのである。つまり責任さえ果たせば後は何をしてもよいというのかというレヴェルにおいて人間性とか個人的な成員に付与される存在価値というものの評定が決定されるのだ。つまり倫理とは責任遂行と同時に責任外行動とか義務的行動外の私的生活(権利としての)と、その社会責任が何のためになされるのかという面における評定によって構成された価値評定のことなのだ。だからたとえ社会的責任を果たしていても、悪辣な目的によってその責任遂行を履行しているのならその成員に対する倫理評定においては即座に義務完遂に対する評定は反故にされる可能性もあるのだ。だから社会とは公的、私的を問わず常に記憶必須の事項と忘却権利事項バランスをその都度求められる場であると考えてもよい。

Sunday, October 11, 2009

責任論 序

 責任という考え方は社会の基本である。しかしこの当然過ぎるような観念を人類が抱いたのはいつ頃なのだろうか?私は古生物学者でも、脳科学者でもないので、ある意味では類推的にしか考えることが出来ない。しかしそういうデータ解析ではない遣り方で考えた方が真実味に近い何らかの真理に到達することが出来る場合もあるだろう。その意味では人類学的思考実験の体裁を取ったこのテクストは哲学の一つの実験でもある。
 しかし前作「死者と瞑想」(今のところ未発表だが、ある文学公募に応募した)で語りきれなかった面をここでもう一度掘り下げてみようという試みなので、私はここで責任を前作と同様の観点を基本にし、前提にしながら論を進めたい。しかし前作をもう一度ここで説明することは大変なので、前作で述べたこともまた多少繰り返されることもあるだろうが、更に前作で述べ切れなかったことを中心に論を掘り下げてゆきたい。
 まず基本的に人類がどこら辺から社会意識を持ったかと言うと、年代論的には断言出来ないので、思考推論的に言えば、統語秩序形成期と期を一にしていた、と考えるのが理に適っている。何故なら言語使用という問題はそれ自体で社会意識と不可欠な意思疎通という面から考えることが順当だ、と思われるからである。
 どのような動物でも自分の血族とか近親者同士のコミュニティーは持っている。しかしそれ以外の他人のコミュニティーにどれだけ配慮し得るかというと、人間ほど他者一般に対する意識が発達してはいないだろう、ということで仮に他の言語使用可能性所有種さえ人間ほどの言語能力を獲得出来なかった、と考えることもまた理に適っている。
 ここで言語能力‐社会意識という面から責任の意味合いが出てくる。 
 例えば近親者、血族の間でなされる配慮、生活上の思い遣りはどのような動物にも見られるが、人間にはそれプラス他人に対してもそれなりの配慮をする。自然界、とりわけここで例証しやすい動物界を見てみると、他個体を殺害してもそのことで報復を他集団から受けない限り彼等の社会で生存を危うくされるということはない。しかし人間社会では法的な制裁を受ける。そのこと一つを取ってみても、人間社会では基本としてある観念が定着していることが了解される。それは親しい者同士以外の者に対する意識と、親しい者同士の意識を等価に見る見方である。
 その見方を正当化し、実践すべき徳とすることが出来るのは、恐らく親しい者同士での連帯では自分たちだけの都合で、勝手にそれ以外の成員たちに対して横暴なことをすることが心情的には連帯感から生じやすくても、それは「倫理的に正しくはない。」と抑制することで社会全体の正義的、道義的な倫理を構成しようとすることであり、それは親しい者同士の関係を利己的な感情からではなく、理性的な観点から認識し得るような価値規範に照準を合わせるということを求めるということである。親しい者やその者との関係を客観視することというのは、要するにえこ贔屓をすることを抑制することであり、親しい者をも親しくはない者と同等の権利を持つ者として認識することである。この親しい者の客観視という認識については今後も重要になってくるのでよく念頭に入れておいて欲しい。
 社会とは成員の集合である。社会人としてのメンバーの集合体である。この集合という考え方には基本として異なった性格、人格の成員たちを、その個性とか異質性に依拠させずに、同じ人間同士であるという観点から結び付ける。これはそれ自体で平等と公平の論理の起源である。人間は身体的バイオリズムから先天的に他の動物同様、数えるという行為を難なく行える。この数える行為を目的意識に結び付けたものが集合という考え方である。一人の成員はよって社会の構成要素であり、単位である。単位という考え方は数えるための目的物であるということと、集合要素であるということの認識から派生している。つまり二つの認識の組み合わせである。
 この親しい者同士において思い遣りを持つことは難なく行えるのだが、ある時には親しい者の肩を持つということが正しくはない、つまり他人の方に理がある、部があるという考え方こそが公平という考え方、平等という考え方の基本であると思われる。そして成員の集合には二つの行為がこれまた組み合わされている。それは数えるという行為と異なった性格、人格の成員を敢えて等価に見る(社会権利上)という行為というこの二つの組み合わせである。
 あるビジネスマンはこう言った。「人間誰しも無から有を作ることは出来ない。皆誰かがやったことの上に何かを積み重ねてゆくことしか出来ない。」まさにその通りである。しかしそのようなことが出来るのは人間が前にやったこととこれからやらなくてはならないことの二つを弁別し、そしてそれを組み合わせることが出来るからであり、それが出来るということはその二つを組み合わせるまで、その二つが別個に存在し得るということを記憶することが出来る、組み合わせる行為へと赴くまで(それは準備が必要だから)、その構成要素を念頭に入れて、記憶し続けていなくてならないのだ。そしてそれを人間は難なく出来た。この前にしたことに対する記憶が人間に能力として確たるものとして存在しているからこそ、我々は次の行為を前の行為の上の積み重ねとして理解するとが出来るし、その累積的な結果こそが我々の文明なのだ。この記憶という事態についてP・F・ストローソンは的確に述べている。
「(前略)綜合的統一の最高原則は、「与えられた直観における私の表象はすべて、そのもとでのみ私がそれらの表象を私の表象として同一的自我に帰属させることができる条件に従わなければならないということしか意味していない」(B138)。<著者注、カントの純粋理性批判に対する論文である故ストローソンはカントテクストの番号を記している。>この思想はそれ自体十分明晰である。多様な表象が一つの意識において結合させると言える条件は、どのようなものであるにせよ、まさに、経験主体がさまざまな経験を自己自身に帰属させることができる条件にほかならず、この主体はこれらの経験が異なる時間にありながら等しく属しているものの同一性を意識しているのである。ところでこうした条件の充足は心の綜合する働きに依拠すると言われるが、こうした綜合の活動は、結局、通常の経験的自己意識が与える以外の如何なる自己認識ないし自己意識も産み出さないのであるから、我々は、経験の自己帰属の可能性の説明を、綜合の活動そのものに関する、あるいはその活動の遂行のために使用させる能力に関する特別な意識のうちにでなく、むしろ綜合の活動の結果のうちに求めなければならないと思われる。おそらく、綜合によって産出させると考えられる、かの客観的なものの概念のもとでの諸経験の結合それ自身が、そのもとでのみ経験の自己帰属が可能となる条件、ないしはその基本的条件である。(後略)」(「意味の限界」勁草書房刊、104~105ページより)
 ストローソンの言う綜合とか同一性とは、自己を統一的な主体として捉える仕方である。例えば現在の私にとって私の過去の行為とは無縁に生活しているが、仮に私が犯罪的事実と判定され得る行為を過去を行った場合、法的には私は過去の行為と無縁な今現在の私という哲学的な認識は無効とされる。つまり過去の私の行為も、今現在の私の行為も共に、私という一個の成員の責任に帰属され得るのだ。そしてその事実はもう一つの私という綜合に対する認識を生じさせる。それはこういうことである。私にとっての私の行為に対する記憶は外部的に私に対して判定され得るものとは異なった様相で立ち現れることの方が多く、またその事実は私にとっての私の行為に対する責任という面を私に顕現させるが、それは私の行為に対する外部からの評定基準とは何のかかわりもない、ということである。
 例えば記憶とは経験そのものではない、とフランソワ・アンセルメとピエール・マジストレッティーは語っている。(「脳と無意識」青土社刊、第二章‐トラジメーノ湖のほとりの制止より)そのことをこの二人の著者は「経験の刻印を許すメカニズムが、経験を分離してしまうメカニズムであるという、一つのパラドックスに出会うことになる。」と言う。「ある痕跡が再発見されたとしても、それはもはや経験の再発見ではない_痕跡は精神生活に特有の法則に従ってべつの痕跡と組み合わされ直すだけに、なおさらのことである。フロイトのいうように、はじめは知覚があってそれが刻印されるとしても、この知覚は神経器官にたいするまたべつのレベルの刺激となり、シナプスの可塑性というメカニズムを介して転写に転写をかさねた末に、それが永続する痕跡を生じたとしても、経験そのものとしては失われている」(先述同書、同ページより)のだ。ここでこの二人の著者は人間の記憶作用に関して、事実に対する記憶と、その事実に関する認識、願望、別の事実に対する連想といった様々な関わりによって事実記憶自体が変形してゆく可能性において、幻想を記憶と並置されるもう一つの現実として捉えている。この事実記憶と幻想との並存という現実こそが、私たちが私性と公共性との齟齬を常に創造しながら、同時に、責任の所在という現実に対しては如何なる私性も認めないという判断を法的に下すことの根拠にしているというわけである。
 例えば自然科学上での如何なる法則も、それを発見した科学者たちの個人的な発見にまで至る事情とか経緯がある。しかしそれらの発見者に纏わる如何なる個人性とも、発見された法則は独立に存在価値があり、それは普遍的に我々にとっての真理である。そのことをディタッチメントと言う。(茂木健一郎著「「脳」整理法」にそのことに関する叙述が詳しいので参照されたし。)ディタッチメントは如何なる法則的価値も、その法則を発見した者の個人的な経緯とか背景に左右されないとする考え方であるが、これは法学においてもまた主張されているところの真理である。このことは法哲学者の大屋雄裕も指摘している。「ある判断がいかなる人間によって・いかなる状況において為されたかはその正当性とは無縁の問題であるとするのが尾高の主張であり、この立場に立てば判断の正当性はすべてあらかじめ・人間の行為とは無関係に決定されていることになろう。」(著者注、尾高とは尾高朝雄のこと。尾高朝雄(おだかともお)(1899年 - 1956年)は、法哲学学者。 日本統治下にあった朝鮮の漢城生まれ。第3期日本学術会議副会長。初め、外交官を志すも、親の反対により諦め、東京帝国大学法学部卒業後、京都帝国大学大学院にて哲学を研究する。その後、法哲学研究者として、京城帝国大学教授や東京大学教授を歴任。1947年(昭和24年)に、『国民主権と天皇制』(1947年)に掲載された論文「国民主権と天皇制」において、ノモス主権論を提唱し、宮沢俊義と論争した(尾高・宮沢論争)。結局、宮沢との論争でノモス主権論は幅広い支持を得ることなく、1956年(昭和33年)に、歯の治療中にペニシリンショックで死亡した。ノモス主権論は、学術領域では歴史上の学説として研究対象となっているに過ぎないが、非学術領域では保守系の論壇誌を中心に再考する意見もないわけではない。<Wikipedia尾高朝雄2007、3/7より>)
 この法律学的なディタッチメントは、私たちにある真理を教えてくれる。それは行為自体の価値と行為を行った遂行者の評定、あるいは人物的な性格とか、日頃の行動とか、その他一切の人間的な評定とは何の関わりもないということである。だからどのような偉大な業績のある者に対しても法はそうではない人々に対してと同様公平に適用されなければならない(偉大な業績者の犯罪事実を見逃すようなことがあってはならない)し、また日頃どのような言動をしている者の意見であろうとも正論であれば、それが偉大な業績の人物の意見(ここではそれが間違っているとしよう)と食い違っていようとも、そちらの意見を採用すべきなのである。勿論その逆も真なりである。しかしそれがそう容易に遂行され得ない(偉大な者の意見が間違っていても罷り通ったり、逆に偉大な業績者に対する嫉妬が、偉大ではない者同士の連帯を生み、偉大な業績者の正当な意見を封じることもある。)ところに社会的な問題点があるのだが。
 大まかに言えばこれまで記してきたような思想的な概略を通して本論は構成されている。そして第一章ではまず責任という倫理が人間社会において人間が記憶能力を極度に他の動物以上に進化させてきたことに起因するということをやや生物、生理学、神経学的な考察から探りつつ社会学的認識を採用して考えてゆくことにしよう。

Friday, October 9, 2009

責任論<梗概>

 責任という言葉は我々現代人固有の響きが感じられる。しかしそれは恐らく人類発祥の頃からあった。だが責任は知性の発達に伴って然る後に発生したと考える向きもあるが、私は責任が理性と抱き合わせとなって初めて知性が発達したと考える。というのも責任とは責任を負う者に対する能力の承認、とりわけ記憶能力の承認であるからだ。責任と常に共存してきたのが良心であり、我々は責任と良心を常にある時には協力させ、ある時には対立させてあらゆる判断をしてきたのだ、と思う。行動はそれ自体で一つの決心である。それは個人のレヴェルでも集団のレヴェルでもそうである。だから我々は意志決定の合理化において責任と良心を常に発動させている。何に対して責任を取り、何に対して良心を抱くかということが行動における選択を決するのだ。
 私は記憶と意識と情動の三角形構図を考えている。意識と情動の狭間に行動があるが、そのことは本論では特に扱わない。寧ろ記憶と意識の狭間に反省があり、記憶と情動の狭間に後悔があり、反省と後悔の狭間に責任がある。責任は理性に頼られ、理性を利用する。言語活動もまた責任においてなされる。勿論良心によって責任が活性化することもあるだろう。しかし良心の情による流されやすさに対して責任は冷厳に接する。責任と良心が一致して行動したり、発語することもあるだろうが、反発し合い行動したり、発語したりすることもあるだろう。そして個人の責任と良心は別の個人のそれや集団のそれとも一致しない場合もある。そういう時、何を優先するかで我々の行動や発語は流動的となる。
 本論ではカント、ヘーゲル、ニーチェ、マックス・ヴェーバー、ベンヤミン、シュレーディンガー、ライル、そしてウィリアム・カルヴィン(理論神経生理学)、フランソワ・アンセルメ(精神分析)+ピエール・マジストレッティー(神経学)、ジェームズ・L・マッガウ(脳科学)、大屋雄裕(法哲学)のテクストを大きく参照しつつ、あるいは孔子解釈、ネット社会といった現実をも交えて責任の在り方、あるいは責任を根幹とした人類の進化と現状を考えてみたいと思う。

Tuesday, October 6, 2009

結論 喪と瞑想

 人間が死した他者との思い出を持ち、その中でその他者だけが知る唯一の私という観念はその他者の親しさに応じて、重要となってくる。しかし通常他の動物はその他者しか知らない自己という観念は持たない(と思う)。人間がそれを所有出来たのが、記憶能力の進化によるものかも知れないし、そのような想念を偶然持ったことが記憶作用に進化を齎したと考えることも出来るが、そのことについて問うことには今のところそれほど重要ではない。問題はそのような自己という観念を抱くこととなる何らかの社会的な出来事が問題設定上必要である。それを取り敢えず喪という行為から考えていってみよう。
 もし今現在の人類のように他者の死に際して、その他者だけが知る自分という意識があったのなら、人類の祖先はその当時から既に死した他者と親しい度合いに色々な等級があったと考えるのはごく自然なことではないだろうか?例えば死者の知る唯一の私というものに近い観念が既に殆どの成員に備わっていたのなら、例えば長老者が亡くなった場合、当然その親族、つまり配偶者、子供、親戚、同僚(尤もこれは公務に付く者の場合、とそれほどの地位にない者とでは喪の形式には違いがあったと考えるのも自然であるが)といった人たちがまず最も死に際して悲しみを持つと言うことはあり得るから、そういう長老的な人の死には、通常の人間社会での親等と社会的地位に応じた喪に同席する成員間の死者との親密度の等級が存在したであろう。しかし若い青年が亡くなるという事態も決して珍しいことではないだろうから、そういう場合、近親者以外では同世代の友人とか同僚とかが優先的に喪の中心に置くことを長老者もまた承諾していたのではないだろうか?要するにそれは思い遣りという意識である。
 また言語面から考えると、既に名詞と動詞はかなり発達していたが、未だ確固とした統語秩序の形成期においては、感情的な内容叙述としては確かに形容詞が重要な役割を果たしたが、同時に死者に対する親密度の等級という意味では既にかなり明確に日本語で言えば助詞とか、英語で言えばisn’t it?とかwould you?といった付帯節注1がかなり発達していた可能性も否定出来ない。つまりこれはやがて社会階級の固定化に伴って敬語と、日常語の差異を生じさせる契機として作用したとも考えられる。そしてこの助詞とか付帯節のようなものの発達それ自体もまた統語秩序としての統辞能力を急速に進化させていったとも考えられる。だから統語秩序の完成期以前には、<名詞+動詞→名詞with形容詞+動詞>あるいは<形容詞だけ→名詞with形容詞+動詞>→<名詞with形容詞+動詞、形容詞だけ>、あるいは<前記一切>→<前記一切に付帯する付帯節、助詞>→<前記一切+敬語表現>といった使用例における進化順序はそれぞれ考えられるところである。
 この際私が最も強調したいのは、親密度の度合いを他者が他者同士に対して認識し、それを言辞自体に弁別させる能力そのものが、統語秩序と社会階層というものの秩序を完成させるに至ったのではないかというものである。だから社会的地位の低い者なら者同士の親密度の度合いに応じた喪の際の列席順序、これがもし初期人類にあったとしたら、逆に今まで考えられてきたような社会階層という合理主義以前的に厳然と、親切心とか良心とか善意志といったものがまず基本として形成されていた、ということになる。それは人間に不合理的な社会秩序に対する初期段階的な萌芽である(そのことはすぐ詳述する)。
 そのような繊細な弁別性においては、「思い出」という概念はかなり早くから芽生えていたと考えられる。ホモ・サピエンス以外の霊長類もまた恐らく社会階級外の親密度の等級という現実はあったことだろう。しかし彼等は一様にそれを言語として弁別することが出来なかった。付帯節とか助詞を発達させることが出来なかったのかも知れない。例えばネアンデルタレンシスもまた名詞のごく単純な弁別を何種類かはこなしていたのかも知れない。しかしそれ以上には例の喉頭器官の発達の度合いがホモ・サピエンスよりも低く、発声行為における弁別自体に限界があったのだろう。しかしもし彼等が何らかの発声以外の例えばエクリチュールを我々人類よりも早く発明していたら、逆に我々人類の方の生存が脅かされていたかも知れない、とも私には思われる。恐らくそれが手話であっては、やはり我々よりも早く絶滅するのは必至であったことだろう。手話というものは捕食者に面した時のリスクを考えれば発声意志伝達よりも分が悪いからである。
 この結論の章を「死と瞑想」としたのには訳がある。瞑想とここで言うのは明らかに「喪の際の冥福」のことであるが、これはその瞑想をすることを他者が慮り、そっとしておいてあげるという意志が多くの成員に備わっていたであろう、という私の推察からである。  
 勿論現代にも多くの犯罪者やエゴイスティックな独裁者たちは存在するから、当時からいたであろう。しかし少なくとも喪の時だけは社会的地位の優劣よりも故人の親密度を優先するような順位が発達していたなら、ひょっとするとそれを表現するための日本語で言えば助詞に相当するものの弁別において我々の祖先たちは社会階層と社会階層外の人的交流を文化的な余地として発達させ人間の精神性を進化させていったということは容易に想像される。それは社会にある二重性、つまり社会機能維持という合理主義と共に、個人主義的な発想の生活、もっと端的に言えば友人関係、友情といったものを明確に育む。それがあったからこそ仮に圧制的な秩序の社会がもしあったとしても尚一般庶民とか人民は生活保持をしながら圧制を耐え得ることが可能だったのではないだろうか?
 ここでちょっと纏めておこう。
 まず品詞自体がメッセージ性を持ち得る幾つかの論点における順位表を示そう。

感情意味論(発話内容)的メッセージ強度順位
① 形容詞
② 動詞、副詞
③ 助詞
④ 名詞

感情表現論(話者態度)的メッセージ強度順位
① 助詞
② 副詞
③ 形容詞
④ 動詞
⑤ 名詞

事実述定論的メッセージ強度順位
① 動詞
② 名詞、形容詞
③ 副詞
④ 助詞
(注、感情意味、表現両論的に順位の低い名詞だが、それを話題にしているのだから、内的な指示をすること自体での関心レヴェルでは常に最大であるが、それを叙述レヴェルでは無視した。)

対象指示論的メッセージ順位
① 名詞
② 動詞、形容詞
③ 副詞
④ 助詞

次は日本語を基準に助詞が示す感情的意味合いと、話者の聴者に対する態度、つまり感情的な様相、つまり言辞で表示される事態について考えてみよう。
①「今日はいい天気ですね。」
②「今日はいい天気ですわね。」
③「今日はいい天気ですわ。」
④「今日はいい天気ですわよ。」
⑤「今日はいい天気ですよ。」
⑥「今日はいい天気ですぜ。」
⑦「今日はいい天気ですこと。」
⑧「今日はいい天気ですぞ。」
⑨「今日はいい天気ですなあ(のう)。」

①は誰が使用しても、いい天気であることをよいことであると歓迎するような朝の挨拶的言辞である。②はその女性言葉である。しかしこれはある程度親しい間柄でないと使用すると多少不自然である。③も女性言葉であるが、女性が誰か別の人から同意を求められて賛同の意を表するニュアンスである。④は多少屈折していて、ある程度親しい間柄の人に対して女性が、外に出て行かない誰かに対して「こんないい天気なのに家に一日中引き篭もっているのは健康によくないですよ。」と独身の若い男性に中年女性、しかも下宿の大家の奥さんから誰かが声をかける風情の言辞である。⑤はやはり外に出ないで一日中自宅や職場で仕事か何かをしている人があまり外の天気が確かめられない条件や自宅とか仕事場に訪ねて来た人に「今日天気はどうなんですか?」と訪ねられた時の返答のようなニュアンスである。⑥は何か悪事を決行しようとしているグループの部下が、決行を渋っているボスに対して嗾けるようなニュアンスである。⑦はいかにも昔流行った洋行帰りっぽい(あるいはそういう振る舞いをする)貴婦人が他人に話しかけるようなニュアンスである。⑧は年長の部下が年少の上司にやはり一日中屋内に引き篭もっているのを外に連れ出すような風情の言辞である。⑧は多少年配者が近所の人に対して休日に話しかける風情である。
 このように現代日本語でも助詞の使い方一つで全く異なった雰囲気に文章全体が志向される。つまりこの種の助詞使用に纏わるニュアンスは実は極めて言辞という事態からすれば重要なのだ。そしてこれはどの言語でも該当する事項である。仮にこれを英語に翻訳してみよう。
① It’s very fine today、isn’t it?
② It’s so fine today、isn’t it?
③ It’s very fine today 、you know.
④ It’s so fine today 、right?
⑤ It’s just very fine today.
⑥ It’s very fine today right now.
⑦ It’s so fine today、I don’t believe it.
⑧ Say、It’s very fine today.
⑨ It’s very fine today、oh boy.

人間はある言辞を齎した際に、失言に近いことをすると、途端にある疚しさを感じるものである。それは第一章においても触れた。このことを私は羞恥感情と結び付けた。これを社会学的視点とりわけデュルケム的な集団の拘束力とそれに対応する個人的判断という観点から考えると、生物学者ハミルトンたちの提唱した利他行動という観点と容易に結びつく。要するに動物界に普遍的に存在する事実の人間版というわけである。しかし同時に、利他的な潜在的合理主義だけでは分析不能の行動を多く人間は行う。ある時には自己犠牲を利他的であるような正義からではなくすることもあるのではないか?あるいは他者に対する思い遣りとは、自己に対して周囲の者がぞんざいに扱うことがないように良好な印象を保っておきたいと願う無意識の心理からのものもあるが、そういう受動的な思い遣りばかりが人間によってなされているとは限らない。もっとその人間の真意からの思い遣りというものもあるだろう。あるいはそのような主体的、と言ってもそれによって社会正義を貫くというような道義的なものではなしに、もっと個人的な思い遣りというものの行使の能力そのものが他の生物個体との相違を作ってきたのかも知れない。そしてネアンデルタレンシスたちが絶滅したのは、彼等には絵画を描くことが出来なかったというが、私が社会的地位とは別個の個人主義という観点を提示したが、ホモ・サピエンス同様のそれを彼等は持っていたのだろうが、恐らくそれを言語化することの能力の欠如が彼等を絶滅へと追い遣ったのではないかという観点からは私は決して今の進化学の見識を疑うものではない。だからもっと彼等の身体とDNA調査と脳科学(それは実際の個体で研究しようがないので、古生物学とか解剖学とかから類推接近するしかないのだが)から真の絶滅の原因を突き止めるしかないのだろう。
 上記の言辞そのものの多様は、それを意味内容的には同一のものとしながらも、態度表明における話者と聴者との関係とか相互の感情の度合いを測る意味でも今後の言語学ではより重要なテーマとなってゆくように私には思われるのだ。あの日常言語学派の学者たち(オースティン、ストローソン、サールといった人たち)はある程度の方向的可能性を示唆したが、今後そういうアプローチには自然科学の分野のエキスパートたちとの協力がより求められてゆくであろう、とも思われる。上記の例で言えば、英語では助詞というものはない。しかし英語には日本語以上にニュアンス表現は多様であるという面もあり、各言語間に横たわる構造論的差異を越えて、我々は普遍的な品詞論的な意志伝達様相について考察してゆく必要性があるのではないだろうか?

 背徳が禁止を生むと私は第一章で述べた。そのことに関して少し考えてみよう。
 私は私なりに集団同化意識と孤独確保意識というものを設定して考えているのだが、前者は明らかにデュルケム流の考え方であるが、それは集団の成員としての意識として国家意識、民族意識、地域社会の社会人意識、大人社会意識、ビジネスマン意識、教育者的倫理といった様々な職業意識等もこれに入るとだろう。しかし何か倫理規定的に「それは許されないことだ。」と強制されると人間は途端に反抗したくなるものだ。人間にはあくまで善意志として個人的意志としてそれを行うのでない場合に、必ずどこかで拒否反応を示すという部分がある。そこで我々は往々にして強制されて何かをなせと言われると、それが権力からなら余計に「別の行動だって許されるのではないか。」という疑問を抱く。その時我々は孤独確保意識を持つ。それはニーチェの言うディオニソス的側面の発動である。反社会性というものは犯罪者以外の通常の社会人にもあるのだ。そしてその際に反社会性の意識を共有し合える成員に対して我々は共感を示し、連帯感を抱く。それはある意味では私が言った言語獲得時に人間が備えていたと私が仮定した個人主義的な人間の性質である。例えば私たちは正式に結婚していない男女同士の性的関係をモラルに反する行為であると一方では倫理規定的に社会常識の枠内で正当な意見としながらも、他方実際の社会を見回してみると、真実に幸福な結婚生活ばかりではなく、建前的な結婚とか政略的な結婚(勿論それら全てが不幸であると言っているわけではない)とかも多く、そういう事態に抵抗感を持つことは体制的、反体制的と問わず多くの人間の持つある種のヒューマニズムであると言ってもよい。一般常識的観点からは通常では許されない、あるいは法的には認められないような不倫関係においても、我々は「頑張れ」と声援を送るような事態さえ稀ではない。これらもある意味では社会的地位に厳密に従った喪における参列順位とは異なった個人的親密度を優先するような私が仮定した人類の祖先の実像と共通する人間の性質ではないだろうか?
 つまりこういうことが言える。背徳という観念は確かに性交渉に関して言えば、不倫関係であり、かつ肉体的快楽を目的とする事態を想定して言っているのだろう。すると社会で容認出来ない背徳というのは、それが正式な夫婦であるなら許され、そうでなければ許されないということであるわけだ。そこにある種の人間の法遵守的形式主義を見ることが出来る。だから性的快楽追求そのものが悪いと法的に規定しているわけではない。もしそのような性的快楽追求をモラルに反した行為だと考えるなら、それは集団同化意識でも寧ろ個人的な幼少期における宗教体験、あるいは教育体験(親から何らかの禁止指令を受けたというような)に起因するものと考えられる。性交渉での快楽追求とは、それが売春、買春行為に纏わる性病の危険性を伴うものであれば、回避すべきものであるが、正式な夫婦間あるいは恋人間において何ら疚しいという意識を持たない成員は現代では多いと思われる。しかしそれにもかかわらず、あらゆるチャンスに恵まれない成員(老化も手伝って)にはそういうことにおいて極度に拒否反応を抱き、自己生活上の信条としても極度に潔癖を守っているのかも知れない。そういう成員に顕著に見られるケースとしては、年功序列的な観念を極度に重視し、年少の自由な行動の人間に対して敵意を剥き出しにするという事態はよく見られることである。そういう成員にとって助詞とか付帯節的なニュアンス表現上での礼儀といったことは最重要事項であろう。勿論人類の歴史において礼節のために助詞、付帯節的言辞が最重要事項として発展してきたことは否めない。また英語では日本語にあるような厳密な敬語の形式は存在しない。しかし寧ろそのために英語にはニュアンス表現に対して人一倍神経を使わなくてはならないし、訴訟社会のアメリカではそういう些細な失言が醸す社会問題は恐らく日本以上のものがあるだろう。かつて「アリー・マイ・ラブ」注2というドラマが放映されたが、それは若い女性弁護士がヒロインだった。そこで描かれるアメリカ人の姿は、日本以上に言葉に神経を使うということであった。
 しかしそれにもかかわらず、現代は基本的にそういうレヴェルでの価値観が最重要ではない。それ以上ビジネスシーンでは神経を使うことが近代以上に増殖してきた、ということが言えるからだ。だから私が示したそういう古風というか、時代遅れな成員も中にはいるのだろうが、最早現代では年長差よりも仕事に関する能力差による差別の方が深刻である。しかし能力差に纏わる差別はある意味では礼節を欠くような事例にも事欠かない。だから逆に古代やそれ以前の人類の祖先が抱いていたかも知れない、思い遣りという月並みな言葉で表現した喪の際における配慮に近い人間の資質、それはある意味では現代では急速に失われつつある面もあるが、それを見直すということは意味ある考えではないだろうか?
 エクリチュールについて多く触れることが出来なくなったが、これは喪についての他者への思い遣りという心理の保有が延長されている。「そっとしておいてあげる」ということは冥福を祈る瞑想に対して配慮されるばかりではなく、一人で何かをする時間を他者へ付与し合うことの認識が我々に文字を読むという個人でする行為を記述という行為によって促進することなのだから、我々は他者への死者の別れとそれに伴う一個の自己への惜別と追慕の情を理解する心が、記述を通したもう一つの瞑想を相互に付与し合うということを定着させたと捉えることが出来る。(注1、付加疑問文や感嘆詞全てを含めて私はこう呼ぶことにした。注2、「アリー・マイ・ラブ」は原題をAlly McBealと言う。尚現代脳科学では、古脳でもとりわけ扁桃体と呼ばれる部位に情動を司る機能があり、記憶を促進するのに役立っていると考えられている。またfMRIとは機能的磁気共鳴影像法、functional magnetic resonance imagingの略である。)

参考文献 「論理学研究」、「イデーン」(みすず書房刊)エトムント・フッサール、「存在と無」(人文書院刊)ジャン・ポール・サルトル、「言語と行為」(大修館書店)J・L・オースティン、「個体と主語」(みすず書房刊)P・F・ストローソン、「野生の思考」(みすず書房刊)クロード・レヴィ・ストロース、「裸のサル」(河出書房新社刊)デズモンド・モリス、「利己的な遺伝子」、「延長された表現型」(共に紀伊国屋書店刊)、「ブラインド・ウォッチメーカー」(早川書房刊)リチャード・ドーキンス、「文化人類学入門」(中公新書)祖父江孝男、「意識とはなにか」(ちくま新書)、「脳と仮想」(新潮社刊)、「脳と創造性」(PHP刊)茂木健一郎、その他多数

Sunday, October 4, 2009

第四章 形容詞の述定的様相考察における展望

 人間は他の動物と違って、恐らく全ての生命に宿っているように思われる原羞恥という他性認識と、集団同化意識を生じさせる協調的行動の素地となる原音楽というものを交差させることが出来たからこそ言語獲得し得た、と私は考える。その際に前言語状態として、つまり発声行為と意味伝達行為を交差させる前に他者の感情を慮り、自己を他者に置き換えたり、あるいは自己と他者の感情を同一のものとしたり、要するに色々と複合的な思惟を巡らすことが出来る、そういう能力が備わっていたからこそ、言語獲得がスムーズになされた、と考えた方が自然であるし、そのようなことは既に述べた。とすると、逆にそのように感情さえも複合的に思惟して心的に表象し得るのなら、感情自体の総合力というものも可能となる。その時実用性としての名詞とか、あるいは名詞獲得よりは遅く出発したと私が考える動詞使用と同時に、述語としての形容詞の発達というものは考慮に値するであろう。私は形容詞の発達を三つの段階に分けて考えている。まず客観的事物形容段階、そして次に主観的事物形容段階、そして主観的感情形容段階である。
 客観的事物形容段階というのは、要するに誰が見ても明確な、つまり成員間で普遍的な形容である。例えば山は大きいし、チーターは早いし、海は広いし、空は広いし、晴れた日には青い。それは普遍的なことである。そこには主観によって変更され得る何ものもない。そして次の主観的事物形容段階とは主観というものが入って初めて形容し得るものである。例えば自分の背丈が低ければ自分より高い人は高いが、その人よりも更に高い人に比べれば、その人は低い。それは絶対的ではない。相対的である。そしてそれを語る成員にとっては、勿論主観と言っても、感情的な主観ではないが、それを別の言葉で置き換えると相対的となるが、相対的と言うとまた別の事柄を連想させることもあるのだ、自分の立場を主観とここでは全てそう表示することとしよう。最後の主観的感情形容段階とは、ある成員の死が自分にとっては極めて悲しい出来事である、という際に「悲しい」と捉えることである。あるいはある異性に接して「美しい」と感じることもまた主観的感情段階である。だから例えば早いとか遅いというようなこともまた、チーターよりも早く走れる人間はいないし、鳥よりも高く飛ぶことが出来る人間はいないから、そういう場合、チーターが早い、とか鳥は高く飛ぶ(こういう場合の副詞は形容詞と捉える)と言うような場合とは違って、AよりもBは足が早い、と言うような場合は主観的事物形容段階と考えてよい。だから暗い、明るいとか白い、黒いとか太い、短いとかも全て客観的事物形容段階というア・プリオリから主観的事物形容段階というア・ポステリオリなア・プリオリに至るまで同じ語彙を別段段階として使用可能である。しかし第三の主観的感情形容段階は、それを感じるのが自分であれ、皆であれ、物理的な事物に対しての形容ではなく、事物、他者、自己内面全てに対して抱く主観であり、主観という言葉の意味ではこれは全くの主観である。例えば悲しいとか美しいといった形容はそれを感じる人にとっての心理的な表現である。第二段階の主観性はあくまで相対的であるだけでAよりもBの方が足が速いというのはCと比べればBは遅くても、その二者間では誰から見ても自明である。よって第一段階の中での特殊なケース、あるいは第一段階の中での個別的事例と考えればよいだろう(以後客観的事物形容段階を第一段階、主観的事物形容段階を第二段階、主観的感情形容段階を第三段階と呼ぶことにする)。
 美しいと悲しいの場合は、前者は確かに外部に対する形容で、悲しいは内面の吐露である。しかし少なくとも誰それを美しいとか何か花とか景色が美しいというのは確かに誰が見ても感じる場合もあるが、大きいとか小さいというような物理的形容とは異なって、形容基準そのものに主観が入る。そこでこれらを一括りにすることにしたのだ。だからこの第三段階は対対象と自己内面のものと二つに分けることは可能であろう。
 私がここで第一段階とか第二段階とか分けたのは習得時間順序のことではない。だからフロイトの口唇期とか肛門期とかそういう時代的区分ではない。比較的容易に習得出来るものならば、恐らく私の区分する全てのものを同時に習得してゆくということは幼児言語習得を見ても最も自然であろう。ただ私は形容詞に内在する性質を分かりやすくするために便宜上この三つの段階を心理区分として設定したに過ぎない。
 ここで我々が銘記しておかねばならないことというのは形容叙述における心的様相はそれが第一段階のように人間集団全成員にとって同一の価値であろうとも、それが個別ケースにおける相対的価値であろうとも、個人内面の主観的価値であろうとも、それら一切に一貫した事態とは、形容される対象とそれを叙述する存在者間との相関関係によるもの、つまり対象‐対対象性質叙述者との関係に形容叙述者、つまり「大きい」とか「美しい」といった陳述をなす存在者を置くということを基本としているということだ。そして実はそれは全ての品詞に言えることである。名詞はその対象に対して話者が関心を抱いていることの表明性の中で主語となるか、あるいは述語内に登場する。動詞もまた話者が主語とした存在者に関する叙述を話者が主語設定しつつ、その中で説明するということである。しかし形容詞にはそれらともまた異なった性質がある。それは全て客観的であれ主観的であれ、説明叙述に供せられる動詞とは異なってそういう説明を前提として、その説明された対象の性質、様相、状態、そのいずれかが表されているということである。動詞もまた実は動作の性質、様相、状態であるとも言える。しかし動詞はその殆どが使用者にとって主観が入り込む余地が極めて少ない。その意味では主観が入り込んでいく小から大への段階では次のような順序が考えられる。

①おおまかな動作叙述の動詞<最小>
②細かい動作の動詞(複合動詞)
③第一段階の形容詞(④と同じ形容詞を使用することが可)
④第二段階の形容詞
⑤第三段階の形容詞・対対象
⑥第三段階の形容詞・自己内面(対事態、事実)<最大>

 しかし重要なことというのは主語が名詞になることは鉄則であっても(最も「動くこと」という抽象内容表現は除くが、これもまた形式的には動名詞であるから鉄則を破っているわけではない)述語が動詞に纏められるにせよ、形容詞だけを叙述することが出来る場合もある。例えば「大きい。」と言うことが出来る。しかしこれは深層構造としては「うわあ、大きな山だな。」ということであり、主語+動詞という鉄則の範囲内にあると考えてよいだろう。だが話者にとって目的論から言えば、形容詞を使用した文こそ最も自分の立場、即ち主観が表現された文ということになる。そしてそれは親密度が増すにつれ、使用頻度も大きくなる。つまり意思伝達の内容面から言えば主語+動詞の文が基本としてあるとは言えるが、それはただ単に報告文である。その報告内容に関して自分はどういう考えを持つか、どういう感想を持つか、どういう認識を持つかという、要するに聴者に対して話者の立場という主観を表明することになるわけだから、それは話者と聴者の親密度に比例して使用頻度が上昇することは言うまでもないだろう(これは言語心理学的な認識である)。
 尤も形容詞を使用する場合日本語の場合には形容詞と助詞で終了する文も、英語ではbe動詞を使用するので動詞のない文章は考えられない。しかし少なくとも深層意識に忠実な英語を基本とすれば日本語は表層構造に忠実であり、要するに英語‐無意識、日本語‐意識という忠実である対象の差があるとすれば、日本語もまた形容詞+助詞で終了する文であっても、それは潜在的にはbe動詞並びに「~のように思えた。」と言うような基本構造が隠れているだけであるから、親密度が増した話者同士の会話でなされる「大きい。」という感嘆表現においてさえ、実は主語+動詞の鉄則は破綻をきたしてはいない、ということになる。
 ここで一つの結論としては形容叙述オンリーの文(述語がそのまま表面的に主語のように見える文、例えば「大きい。」と言うような)というのは主観を表現することにおいて聴者に対して警戒心を解除している表明であるということである。そして主語+述語の、深層構造としては主語+動詞の文を表層構造として全部叙述する文は話者から聴者へと説明報告する建前と形式を遵守していることになる。
 ただ人類学的視点から言えば、形容詞の使用があらゆる自己内面の心理表現を、更に抽象的概念の産出を促進したであろうということは容易に推察出来る。その抽象概念には形容詞だけでなく名詞も動詞も含まれる。例えば「親しい」、「余所余所しい」、「水臭い」、「嘲笑<する>」、「惑溺<する>」、「愛」、「友情」、「疎遠」、「遠慮」、「軽蔑」、「見つめ合う」、「抱擁する<抱き合う>」、「避ける」、「控える」、「侮る」といったものたちのことである。これらはいきなり出現したと言うよりは、別のもっと単純な形容詞あるいは名詞、動詞を基本として複合させて基本語出現以後に出現したものと思われる。
 しかし抽象語彙とは総合化、体系化であるので、形容詞の場合のみクオリア表現というものが考えられるが、名詞、動詞は出現当時、恐らく単純な概念に留まり、やがてクオリア表現が増して行ったと察せられる。今挙げたばかりの惑溺とか惑溺するといったものや翻弄とか翻弄されるとか翻弄するのようなものには明らかにクオリア表現が潜んでいる。
 しかし人類史的に考えれば、恐らく単純報告は仕事分担と階層性出現後に社会的に常套化したとは言えるが、形容叙述表現こそ形式的報告から開放された人間間の信頼性、友好的接触、交際を基本とした自由時間により多く自主的になされるわけだから(上司に対する報告においては部下が上司に対して主観を向こうから尋ねられるまでは自主的に報告することはないだろうから)人間の生活にある彩りを添えるという意味合いでは、事実報告の範疇に収まりきれないような形容叙述、主観的言辞の登場こそ、人類にある文明論的な精神的発展がなされ、要するに哲学的思考の定着がなされていったと考えるのが自然である。
 つまり形式論的な意味合いで、例えば統語連結的な秩序とか文章構造という観点からすれば明らかに名詞と動詞の組み合わせは基本である。それはあらゆる言語に共通して言える。しかし実際発話の、発語の最も重要な感情伝達において形容詞の果たす役割は甚大である。そこで私は人間の言語獲得において意味論的には最も形容詞が重要であると考える。そして形容詞の発展こそが統語秩序そのものさえも完成へと導いたのではないか、と考える。また意味の進化を招聘したとも考えられる。
 それには訳がある。人間の存在は、他の動物内での社会での個体の存在同様、存在感のあるものが社会的上位に位置することという意味では何ら変わらない。「善の研究」で西田幾多郎は強烈なる主観の持ち主こそが強烈なる個性と偉大な仕事をする、というようなことを述べている。それは善をなすことは同時に悪をなすことであるということである。つまり小さい善しかなさぬ者は大きい悪もなさない、しかし大きい善をなす者は大きい悪もなす。要するに善は悪と隣接しているということだ。(マックス・ヴェーバーも言っているが)これは感情でも共通して言える。強烈に悲しい感情があるから強烈に嬉しい感情があるということだ。そしてそのことに関して小さき善をなす者も、偉大な善をなす者にも変わりはない。外部出力的な行為の意味論的な質と量と、その人間の内面は全く無関係である。だから薄情な者が偉大な行為をなすこともあるし、情に厚い者がみすぼらしい行為をなすこともある。勿論その逆もあるだろう。しかし他者の死、それは家族であろうとも友人や同僚といった他人であれ、その悲しみの正体とは何かと突き詰めれば、それは他者の死の経験が、その他者しか知らない自己(その他者の死を経験する私)との別れということである。母親にとっての息子という関係での自己というものに、私は私の母と死別することで永遠に別れを告げねばならない。又私は父とは死別したが、その時同時に父から見た息子としての私には私は別れを告げた。つまりこういうことである。茂木健一郎も指摘している(「意識とはなにか」より)が、私たちは私を基準に考えれば、AとBとCという他者(それは家族でも他人でもよい)に接する時異なった自分で接しており、その時全てその都度異なった他者に対して向けられる表情は微妙に異なっている。つまりそのいずれの私をも通底した私があるとすれば、それは私しか知らない私の顔、つまり内面でしかない。しかし外面的には全ての他者たちによってしか私は存在せず私は私以外の全ての人と対話する時の表情を知らない。つまり人生の大半の時間における私の実像とは、私が一番無知なのだ。だからこそ私にとっての私の大切な他者の死とは、明らかに私の日常的な実像を知る、ある意味ではその瞬間(その他者と私が接している時の)の私を知る唯一の他者(目撃者)の死は、言ってみれば一つの私の死でもあるのである。
 それは他者の死を自覚出来る全ての動物、チンパンジー、オランウータン、イルカ、ゾウといった動物たちも、感覚的には経験しているのではないだろうか?
 しかし問題はそこからである。ネアンデルタレンシスたちは、人間ほど喉頭が発達していなかったということが発声意志伝達をなさしめるのに十分ではなかったことが言語活動へと至らしめず、そのことが原因で絶滅したという説はどうなのだろうか?何故ならその一つにおいて仮に不利であったとしても尚、彼等は別の方法で生存を継続する可能性がなかったとは言えない気がする。事実彼等には埋葬の習慣もあったという。つまり彼等の絶滅はそのようなことではなく、もっと別の身体条件と環境といった事例が決定的に作用した、と考えた方が自然である。ホモ・サピエンス以外の高等知性を持った種が絶滅したことの理由の全てを人間に備わって彼等には備わっていなかったことを論う因果論には、どこか創造説的な教説を暗黙の内に認可する安易な必然性支持説を彷彿させる。
 話を元に戻そう。人間は絶滅することなく言語獲得することが出来た。それは喉頭の発達という偶然も重なって幸運に作用したということは言えるだろう。しかしもっと重要なことは、他者の死への自覚をこそ、他者と分かち合うこと、それも発声を通して、あるいは共同作業を通して、なすことが出来たということ(しかしそれはネアンデルタレンシスも可能だっただろう)、そして何よりも、これこそが人間にしか出来なかったことではないかと私は推察するのだが、人間は他者に対して自己の鏡として認識することが出来たということである。それは私が先述した他者の死を、一個の私の死と自覚出来たということである。それは原羞恥としての他性認識と、集団内における自己という意識を原音楽に重ね合わせることが出来た(他の動物ではそれは分離しているのではないか?)という一事に尽きるのではないだろうか?
 だから言語獲得の際において、その言語活動進化過程においては、統語秩序としては名詞と動詞の組み合わせが常に内在していただろうが、それはあくまで文という体裁、形式的文化の発達なのであるが、そういう型通りの「文」という意味合いからではなく、意志、つまり感情によって支えられる心情の告白という面から、表情筋をも駆使した友好的真意の吐露という意思疎通の面から捉えれば、名詞と動詞を、主語+述語という連関において繋辞し連結することを促進したものとしては詠嘆的で感嘆的な意志伝達とその際にそれを促進した形容詞という存在が大きく作用していたのではないか、と私は仮説するものである。
 確かに他者に自分と同じ行為様相を発見する動物は多数いるだろう。それを証明したこととして近年のミラー・ニューロン(イタリアの研究所のガレーゼとリゾラッティーによる)の発見も挙げられる。しかしそのことは同時に彼等の全てによる彼等と同一性を発見することが、その他個体が自個体に対する独自の認識を持っていることの認知を意味しない。
 人間にとって幸運だったのは、他性認識、集団同化、喉頭の発達と複雑な音声の発声能力、他者の死、他者から見た自己の固有性、その全てが偶然的に交差した、ということではないだろうか?
 私たちは脳科学の驚異的な進歩によって多くの事実を知るところとなった。しかし同時に現在の脳科学が人間の実像の全てをそこから知り得るということには未だ数々の障害があることをも認識しなけれなばらない。というのは人間の感情は複雑であり、それは他者の死という引き裂かれんばかりの悲しい出来事の際にどう脳内のニューロンが作用するかということは重要だがそれを実験することは倫理的にもなかなか難しい面があるからである。人間の感情は幸福の獲得という事態を他者に対する優越性からなら比較的容易に考察可能だが、喪失感の果てにそれと引き換えに得る幸福という感情は複雑で実験的数値によってそうたやすく証明し得ないように私には思われるからである。
 それを知るためにも我々の前に差し出された形容詞の心的様相の考察は今始まったばかりである。そこで次章は結論として、喪の感情と死と瞑想(私はそこに死する他者だけが知る自分ということを考えている)ということをテーマに、人間が言語獲得と、文字使用=エクリチュールの発明によって更なる発展を遂げたことを考えていこうと思う。

Friday, October 2, 2009

第三章 統語秩序と抑揚と強勢

 敢えて言語学的な立場からの視点で考えることに今回はしてみようと思う。まず文法というものは、意思疎通のためになされてきたと考えることで、それに沿って意思疎通がなされてきたわけでは決してないといことに覚醒することが必要である。文法があるとすれば、ある一定期間の間、それを言語共同体秩序臨界期とでも呼ぶとすると、その間にどのような言語も、文法的な試行錯誤期を経てある一定の不動点を得ることとなる。その不動点とは全ての成員が理解しやすいミニマルな統語秩序、統語的理解促進単位というものの定着という事実として考えればよい。しかし統語とは統語的な文の語順とか配列だけで成立しているわけではない。つまり抑揚とか強勢によっても相互依存していると考えられる。
 しかし発語行為において端的に言えることとは、その陳述をする者の内的な確信と、その強度こそがあらゆる陳述文章の、全ての日常的なアドリブ台詞の抑揚から強勢から何から何まで支えるということである。例えば人間の言語獲得の歴史においてある一定段階まで進化した時に立ち現れた最も象徴的な概念とは神であろう。神に対する捉え方は確かに洋の東西で多少の認識論的差異がある。しかしそれにもかかわらず神の数にかかわらず、神という存在があらゆる人間を取り巻く自然環境それ自体を創造したと認識している点でも、あるいはあらゆる事物に宿るという点でも、それが人間の人知に及ばない霊力を備えているという意味では共通している。そして一点放射状の最高存在者としての神であれ、自然全存在に宿る存在者であれ、それを信じる者にとってはどのような地球上のスペースにおいてもその考えが成り立つという彼らの真理の前では、それを信じる者が語る神についての高説というものにはある説得力がある。それはその信じる神を巡る物語を語る口調、抑揚その全てが理解する者にのみ共通する流暢さがある。それはある政治的信条を語る政治家の演説にも言えることである。あるいは地方の民話の語り部たちにおいてもそれは言える。
 一つの同一の意味作用的発言があったとしても尚、我々はその発話者の内部で主張自体に対する逡巡とか躊躇、あるいは明快な解答を把握し切れていないと迷いが顕現する。それはそのまま不明瞭な確信に対する真意表明となって立ち現れる。つまり信念が確固としているということがそのまま説得力を持つということだ。
 人類が何らかの形で文字文明を築き上げた時に既に初期神の形態があったとしてみよう。そうしたとして人間が抱いた観念の中で最も偉大な創作は神であったし、最も愚かな創造もまた神であったと言ってよいだろう。しかし少なくとも神という概念を人間が人間社会に提出するまでに多大な時間を要したのではないだろうか?それは言葉を発するという行為が定着してゆく過程でさまざまな試み、その中には本章で言うところの抑揚、強勢、そしてそれを形式として統合する統語システム、要するに語順、述定の文法的様式(疑問文、平叙文)、品詞確立等の果てしのない試行錯誤と実験場があったと考えた方が全ての謎がすっきりする。神という実体概念は実はこの人間による果てしない試行錯誤の連鎖の中から次第に明るみになってきた支配という観念によるものである。何かを制御すること、それは人心であったり、自然環境であったり、居住環境であったり、食料であったり、性生活であったりするのだが、それが自分の意のままにならないという苦悩と翻弄それ自体が、全てを支配する力の観念を現出させることになる。全て巧くことを運ばせられるだけの失敗のない経験からは経験という観念も、従属という観念も、支配という観念も生じ得ようもない。完璧であること、完全であることという観念は明らかに不完全であり、不十分であり、どうしようもなく停滞と拘泥に陥っているような現実及びその認識がなければ生じない観念なのだ。ある意味では統語秩序という奴は、そういう意思疎通上での人間の巧くゆかなさそれ自体が招来した理想的なシステムであった筈である。どうしたら他者にこの自分の思いを伝えられるのだろうか、という懊悩それ自体が派生的に生み出したシステムが統語秩序である。それは現代の脳科学がfMRIにおいて確認し得る側頭葉の言語中枢の神経学的作用そのものを練磨したであろうある立往生であり、たじろぎであり、行動連鎖の停滞であったことだろう。
 言語獲得の歴史においてある部分では最も重要な統語構造の獲得、それら一切を統語秩序と私は本論では呼ぶことにするが、それは神という概念の獲得と同様、人間の長い間の祈願だったと言える気がする。そして統語秩序の完成、意思疎通の開通という事実こそ、科学的認識の輝かしい一歩だったのではないだろうか?私は殊更宗教的感情を人類の曙の成員全てからの了解事項であったとは考えない。寧ろその儀礼に司る人員は限られた人々であり、同時に無神論的信条者たちも大勢いたと考えている。しかし現代人にとって文化とはその自然科学的な根拠よりも大切な場面というものも多く見受けられる。結婚式での仏式、神式、教会式といった慣例的な行為はどんな無神論者にとっても重要な儀礼性である。宗教儀式を熱心な信仰心からだけで判断するのは誤っている。しかし最も不思議なのは、教会に通うのが嫌だったというアメリカ人には会ったことがあるが、統語秩序に逆らわないで言語で意思疎通する人が殆どで、少なくとも母国語で意思疎通することを不機嫌な時とか欝な時以外で面倒を感じる人というのが少ないことである。何故人間は会話することはそれほど億劫ではないのだろうか?そこには何か理由がありはしないか?そしてその理由こそ私が本論を一つの品詞論哲学として位置づけたい根拠ともなっているのだ。
 号令をかけることというのは、ある意味では抑揚と強勢が最も重要である。それは集団に対してなされる命令の儀礼である。そしてそれはイデオロギー的には余り儀礼的秩序そのものが好きではない成員に対しても、ある程度強制力を持った発語行為と言える。この号令というものは軍隊、そして国家秩序の称揚という慣例的な、慣行的な伝統に則っている。そして命令には威圧的な部分があるが、それは品詞的には動詞であるが、そこでの動詞の作用は叙述的ではない。どちらかと言えば、決定性・支配の様相を呈している。そして威圧的な強勢を語自体に意図的に含ませている。それは教会でのミサとかオリンピックとか相撲での国家斉唱とかにも同じことが言える。しかしよく考えてみれば、統語秩序の遵守という実態こそ、一番強制されていることなのにもかかわらず、年に一回くらいの式典の方に私たちは威圧感を感じるという事態は実は極めて興味深い事実である。ということは、我々自身は実は心底ある規則に従うことが嫌いな生き物ではないということを意味している。そして率先して規則に付き従うそういう生き物でもあるのだ。そして常に他者と会話することを求めている、ということも出来る。このことは初期人類の言語獲得に関しても多大なるヒントを与えるのではないだろうか?
 例えば儀礼的な、例えば警察や自衛隊の警察葬とか自衛隊葬といった儀礼時の敬礼とか、行進、そういったことにはそこで使用されるマーチとか葬送曲そのものの美しさとは裏腹に楽しいという印象を通常抱かないものである。しかし「合わせる」という行為であることにおいてはディスコで流れる音楽とも、クラブで聞くことが出来る生演奏とも、コンサート会場での音楽とも何ら変わらない。身体的なバイオリズムにおいて感得するシステムである音楽こそ最も体内時計とか根源的な生命記憶に根差した「刻む」行為であり、それは紛れもなく「合わせる」原音楽行為である。だがその音楽や行進といった運動がなされる状況的な意味が我々を片や楽しいと思わせ、片や格式ばった退屈で、憂鬱で楽しくないと感じさせたりするのだ。そういう意味では会話では四六時中規則に統語秩序、要するに母国語の文法秩序に付き従っているのに、状況が変われば途端に拒否反応を抱くケースがあるということは、我々がただ単に規則に従うことが嫌いなのではなく、その行為の目的に対して是非の判断をしている、少なくとも個人的真意のレヴェルではそうである、と言うことが出来る。しかし一方で結婚式とか葬式といった儀礼はどのような成員でも、それは必要だと考える。それは宗教的信仰心とは別個に周知のものとしてほぼ全ての人間が認めているのだ。それは人間が自由というものを価値論的に規定する理性を承認しているからに他ならない。
 私は言語上における品詞では人間が発語し、他者と意思疎通するための目的論的な意味合いからは形容詞こそが最も伝達意思を個人的な真意レヴェルからは重要であると考えている。しかし同時に叙述形容行為は、それを支える構造論的なシステム、品詞の場合であれば、名詞と動詞によって(日本語の場合be動詞がないので、「うわあ、綺麗(美しい)。」のような形容叙述だけの感嘆文では深層構造として動詞が隠されていると普遍文法的観点からは考える)文章となるわけなので、それを慣用的な必須事項としては誰しもその存在を認めて使用しているのだ。それはあたかも本音と建前を使い分けて人間関係そのものを構築している社会的動物としての人間の実像をよく象徴している、と言える。
 またこういうこともある。私たちは読みやすい大衆小説を好む一方で、堅い文学を読み感動をしたいと願い、あるいは退屈な学問(学問というものは得てして退屈なものである)を敢えて真剣に取り組むこともある。つまり我々は常に面白く向こうから飛び込んでくるものだけを価値として認めているのではなく、時には退屈で凡庸であるのに偉大な多くのものを知っており、それを積極的に取り入れることがあるのだ。
 そしてある文章を自然に読む場合には抑揚が必要だが、必要以上に抑揚を強調し過ぎると却って逆効果となるということも本職のアナウンサーではない人でも知っている。また誰か納得出来ない人に対してこちらの言い分の方が正しいと信じており、それを納得させようとする場合、必要以上に自分の言い分を主張する時に、声高な口調で言わないように心掛けるだけではなしに向こうの言い分をも納得出来るのだが、それでもこちらとしてはこちらの言い分の方が正しく謝りではないことを理解させるように穏やかな口調で臨むことを選ぶだろう。それもまた興奮を抑えた感情であり、理解をするという行為それ自体は決してただ闇雲に楽しいことではないということを説得する方も、説得される方もどこかでは心得ているということである。
 声高に叫ばない方が得策なのは、窮地に立たされた時でも当て嵌まる。
 人類が誕生した頃、既に恐竜は絶滅していた。しかし私は古生物学者ではないので、はっきりしたことは分からないが、哺乳類にとっての天敵であった恐竜に成り代わる何らかの天敵が存在していたとしたら、彼等人類の祖先が同一種同士で何かを意思伝達する際には、あまり大きな声を立てて話すという事態は避けねばならなかったかも知れない。だからそもそも発話することが即座に意思伝達の手段になっていたかというとそうではないかも知れない。ただ人間には自分には出来ないことを想像することが出来る。例えば人間は鳥のように空を飛ぶことは出来ない。そしてそれを知っている。つまり「僕たちは空を飛ぶことが出来ない。出来たらいいな。」と考えることが出来る。そういう意味で祖先たちもそのように考えることが出来たであろう。だからこそ人間は飛行機を発明したのだ。もし犬や猫にもそのように自分の出来ないことを認識し、それが出来たらいいな、と考えることが出来たのなら自分たちなりの言語を発見していたかも知れない。つまりこういうことである。自分にない能力を羨ましく思う、要するに能力に対する嫉妬という感情そのものが何らかの努力をするように発奮し、新たな能力を開発するということである。その意味では人間は言語を持たない極初期からそういう想像力、他の種への能力に関する嫉妬を巡って発生する想像力があった、そう考えることは自然である。そしてそのように自分に出来ないことを出来たらいいなと考えることというのは何らかの切羽詰った状況が支配する日常が用意されていなければならない。要するに生存に関する危機的状況に支配されていなくてはならない。恐らく言語獲得の謎を私は捕食者に対する生存の危機という状況が何らかの打開策を同一種同士で模索し合った結果という風に見ている。
 ただ先にも述べた通り常に獰猛なる捕食者に狙われている場合、そうそう悠長に何かを伝達しようとして例えば唸ったり、手を使って何かを伝達している暇はない。互いに示し合わせた手話の規則を持たないなら、何か一つのこと伝達するだけで多大の時間的ロスを齎す。そこで名詞が発明される。捕食者を明示するための決まりごとである。しかしそれだけではやはり不便である。同一種内の仲間同士で相互の事情を伝達し合うために仲間の名前は必要だったであろうし、自然環境の事物や基本的な時間表示、朝、昼、夜といったことを明示することは比較的早かったであろう。しかし問題なのは一つ一つの単語が示し得ても、それらを組み合わせることが出来なければ本質的な伝達事項にはならない。例えば捕食者が自分たちの周囲とか眼前に迫っている時、そのことに気が付かない成員に「云々だ。」と伝えることくらいなら、別に言葉と言葉の連結、組み合わせは必要ない。問題は狩に出掛けていた成員Aが、仲間が屯している共同住居付近で仕事をするBやCに昼間に云々をどこかで見たと報告する際に、云々と場所名、そしてそれを見た時刻を続けて発声すれば、何とか伝わる、そういうことを最初に思いついた時には彼等は打ち震えたであろう。これで色々なことが伝えられる、と。しかし今の例のようにそれは短い節で纏まる。そのような節ならただ単語を並べればよい。しかしもっと複雑な埋め込み文の起源となる説明、修飾を伴うものであれば、何らかの文法的な規則が必要になってくる。
 本来報告文というものは過去形が基本であったろう。だから敢えて過去形であるという表示がなくても、さっきの例で言えば、捕食者名云々、それを見た場所、それを見た時間、そしてその後か、最初に自分の名前を入れれば、例えば「私は云々を~で見た。」という意味は十分伝わる。だから現在形というものを伝え合う時間的精神的余裕が彼等の生活に出てきた時に初めて過去形と現在形を弁別する工夫がなされたと見ることも出来る。
 現在形において意外と重要なのが形容叙述である。例えばAとBとCがほぼ同一行動を取っていても、AならAが少し別ルートで住居に戻ったりするという風なことは十分考えられるし、そうではなくても、Aだけが少し離れた位置にいて取った獲物を捌いて食事の準備をし、BとCは別の集団とか捕食者たちが自分たちの周囲に押し寄せてこないかを見張っているという状況は十分考えられる。その時ふと見張りをしていたBが獲物を捌いているAが心臓発作か何かで倒れ込んだことを発見し、それを即座に少し離れた場所にいるCに伝えるという必要性に差し迫られれば、必然的にそれは過去形ではない別の形での現在形の明示の必要性が生じる。例えば「今」という概念をその時に発見して語彙として捏造したとしよう。そうすると、時間において朝、昼、夜といった分割だけではなく、今、さっき、後でというように過去、現在、未来という分割が概念規定上誕生することになる。例えば朝ということを言うのに、今昼であるならさっきであるし、今夜であるのなら今日の初め頃である。しかし明日の朝かも知れない。そこで朝、昼、夜という区分と、さっき、今、後でという区分が出来ていた頃には既に昨日、今日、明日くらいは表示することが可能となっていたに違いない。そしてその三つが表示出来れば、一昨日とか明後日とかはその三つの前とか後とかつければよいだけだから、極めて容易である。その内カレンダーのようなものをつける習慣にまでなるのは極容易であるとさえ言える。もし今私が論った概念の全部が発見され、他者同士で明示され得れば、文字として表示する工夫はそれほど難しいことではないだろう。寧ろそのような時刻、時間概念、過去形、現在形、未来形といった区分をすることが可能となるということの方が、それらが一挙に出揃って文字を発明するよりも時間がかかったであろうということは想像出来る。
 それは生物学者リチャード・ドーキンスが考えている累積淘汰(「ブラインド・ウォッチメーカー」より)という概念から私が勝手に想像したことなのだ。彼によるとある一定の進化の道筋さえつけば、それが複雑化してゆくプロセスは案外やさしいという考えである。だから一段階淘汰(最初の進化的なワン・ステップ)という偶然さえあれば、後はそれが累積して偶然に偶然が積み重なってゆくことそれ自体(累積淘汰)は必然である、という考えである。その考えは分子生物学者のジャック・モノーも同じようなことを述べている。(「偶然と必然」より)事実我々にとって馴染みの深い動物と植物という区分は大きな生物界においてはほんの部分でしかなく、我々が考える細菌類の区分同士の差異の方がずっと動物や植物との間の差異よりも大きいということは生物学の世界では既に常識である。
 つまり言語獲得において統語秩序の発明という事態は、恐らく対捕食者対策として捏造された、と考えるのが極めて自然である。スピーディーに何事か危機的状況を説明し報告する必要性が人類に捏造させたものが統語秩序である。そして文字が発明されたということの前哨戦としては絵を描くという行為が既になされていたようだから、その延長戦上で、丁度発声する行為のストレス発散とか苦しい健康状態に関する他者への援助要請という必要性と、危機的状況の伝達の必要性から発声行為と語彙連鎖行為を結び付けたように、絵を描く能力と、意思伝達のための視覚的表示という行為を結び付けることが発想されるということは案外たやすかったのではないだろうか?先述の通り人間にはあらゆる行為を結び付けることが出来る。複合動詞もそうだし、工作とかもそうだし、統語秩序もそうである。それは自己の立場を他者の立場に置き換える、要するに想像力のなせる技である。愛情とか信頼とか人の立場になって考え、あらゆる別事項を交差させる能力、それをかつてレヴィ・ストロースはブリ・コラージュと呼んだ(「野生の思考」より)が、そのような創意工夫がなされることの進化上の必然は何らかの一段階淘汰という偶然が最初の一筆として自然界からなされた、ということは容易に想像される。
 捕食者に自分たちの存在を気が付かれないようにするために必要最低限の強勢を統語秩序の中に取り入れる際に、我々は必然的に文章に抑揚をつけることを考えだしたという風には容易に想像される。抑揚のない文章には話者の主観が表現されない。逆に例えば危機的状況を伝達する際には、それが強勢的には穏やかな口調であっても、抑揚さえつければ、伝達者にとって被伝達者に対して伝えたい伝達者だけが知る状況が切羽詰っていて、その切羽詰っている状況を知らせる当人の狼狽といった心理(つまり感情)を表現することが出来る。そのような必要性として平穏時における強勢の代わりに抑揚の調子の弁別によって話者が聴者に対して伝えたい危機的状況に関する叙述様相が伝達可能となる。またその抑揚の調子の弁別化という恣意的ではあるが、それなりの工夫が、逆方向に形容叙述の発達を促したのではないか、とも思われる。つまり形容叙述とは大きな山とか川とか海とか崖とかを表示する時の詠嘆的、自然の崇高さに対する現在形的詠嘆ばかりではない。例えば、「あの時Aが我々に云々が~にいることを伝えた時の表情<顔つき>は凄まじかった。」というような叙述は比較的初期に発達したであろう。先述の時刻、時間概念の発見さえあれば、あとは累積進化という事態は殆ど必然的であったであろう。兎に角無から有が齎されるという事態に比べれば、有から更なる発展を遂げた有へと至るのは、少なくとも自然史いや人類史だけをとってもその前では取るに足らない時間なのだ。だからあのスタンリー・キューブリックの傑作「2001年宇宙の旅」におけるプロローグ・シーンでの類人猿が初めて道具を使った時の打ち震えた仕種から突如宇宙ステーションへのカットバックの切り替えはそういう意味で極めて示唆的だったと思う。注
 次章では形容詞というものの発達が名詞動詞の組み合わせ、並び合わせから発達した統語秩序以来最も重要な発見だったのではないか、という仮説の下に形容詞の分析をしてみようと思う。(注、1974年にアウストラアファレンシス<アファール猿人>のルーシーが発見されたことから彼等が初めて道具を使用して同一種内で殺害したという想定だった。320万年くらい前の霊長類であるとされる。)